経済安全保障に欠かせない2つのキーワード

 他国からの経済的な手段による圧力や威圧にいかに対抗するか。それは経済の枠には収まらない問題であり、むしろ安全保障の問題である。そのような意味で、経済安全保障という言葉が使われている。

「経済安全保障を考える時、2つのキーワードがあります。戦略的自律性と戦略的不可欠性です。戦略的自律性を獲得するためには、他国への過度な依存を避け、信頼できる相手国との間でサプライチェーンを構築する必要があります。戦略的不可欠性は、それが欠ければグローバルサプライチェーンが動かなくなるような不可欠な製品や技術を保有すること。もしも相手国が圧力をかけてきても、自分たちには対抗するだけの“弾”がある状態をつくっておくのです」と鈴木氏は語る。

 相手にダメージを与えうる力を持つこと。その力は行使しなくても、相手に威圧手段の行使を思い留まらせる抑止力となる。

 最近は「地経学」という言葉も注目されるようになった。鈴木氏によると、「経済安全保障はどちらかというと相手から圧力を受けないための『守り』の色彩が強い。一方、地経学は経済安全保障を含む、より広い概念」を指すという。戦略的自律性と戦略的不可欠性は地経学においても重要だ。加えて、資源や食糧といった土地が産するモノ、あるいは地理的な条件も含めた多様な要素が地経学パワーを構成する。

「各国の戦略は地理的な条件に規定されます。たとえば、カナダやメキシコはアメリカに隣接するという条件から逃れられませんし、日本は海に囲まれています。変えられない条件の中で、いかに自国の戦略を組み立てるかを各国が考えています」(鈴木氏)

 1973年の石油ショックは、アラブ諸国が資源を武器化し、日本を含む石油消費国の政治に影響を与えようとした。資源や食糧は他国に圧力をかける手段としては、定番のものである。ただ、最近は地経学パワーを高めるうえで、別の要素の重要性が増している。鈴木氏は「ヒトとカネ、技術を自国に呼び込むこと。それが地経学パワーに直結する時代になりました」と話す。

「たとえば、シリコンバレーには世界中の優秀な頭脳とカネ、技術が集積しています。自国にヒト・カネ・技術を集めることができれば、それが自国企業か外国企業かは大きな問題ではないと考えられるようになりました。日本政府はそうした考え方に基づき、熊本県に台湾TSMCの半導体工場を誘致しました」

 日本政府はTSMCに巨額の補助金を提供した。誘致コストよりも、日本で稼働する半導体生産拠点のもたらす効果のほうが大きいと判断したのだ。アメリカもまた、バイデン政権の下でCHIPS法を成立させ、インテルやTSMC、サムスン電子などの半導体工場に補助金を支給している。

「自国の領域という空間に、どれだけのヒト・カネ・技術を集積できるか。それが地経学パワーを大きく左右する時代になったのです」と鈴木氏は言う。

 たとえば、GAFAMなどのプラットフォーマーは戦略的不可欠性を有し、アメリカの地経学パワーの重要な要素になっている。日本を含め、多くの国々がそれらのプラットフォーマーに依存している。これらのプラットフォーマーのサービスは品質・コストなどの点で優れており、依存そのものがただちにマイナスに働くわけではない。しかし、中国はアメリカのプラットフォーマーへの依存が内包する脆弱性を嫌い、もしくは自国産業育成の観点で、国内で同様の機能を持つプラットフォーマーを育ててきた。