代替策のための投資と経済合理性のバランス

 世界経済は、大国が地経学パワーを振りかざす時代を迎えようとしている。あるいは、すでに迎えたというべきか。いずれにしても、企業経営にはより繊細な舵取りが求められるようになった。

「経済が武器として使われる以上、最初に“被弾”するのは企業です。わかりやすい例は、2010年に起きたレアアース危機でしょう」と鈴木氏。尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりした事件の処理をめぐって、日本の対応に反発した中国はレアアースの日本への輸出を大幅に制限した。影響を受けた分野は広いが、特にダメージが大きかったのが自動車産業である。自動車に使われる高性能磁石を製造するうえで、レアアースは欠かせない材料だからだ。

「日本の産業界は中国産レアアースに大きく依存していました。だから、経済的な威圧が効くと中国政府は判断した。判断の当否はともかく、政治的な情勢によって企業が矢面に立つ可能性があることを経営者は認識する必要があります」(鈴木氏)

 そのようなリスクを軽減するために、企業は何をすべきだろうか。重要なポイントは、その対策が基本的には経済合理性と両立しないということである。

「経済合理性を徹底的に追求するなら、在庫はゼロに近いほどいい。しかし、原材料などが入手できないリスクに備えるなら、ある程度の在庫を持たざるをえません。サプライチェーンの多元化も対策の一つですが、そのためには相当のコストがかかります。また、技術開発というアプローチもあります。2010年にレアアースの入手難を経験した自動車産業は、代替技術の開発を進めました」と鈴木氏は説明する。

 地経学リスクを減らすための対策にはコストがかかるが、それはリスクが顕在化した時のための保険ととらえることもできる。場合によっては、将来のための投資でもあるだろう。

「企業にとって重要なのは、もしもの時に代替策があること。代替策を用意してリスクをヘッジするためには、中長期的な視点での投資が必要です。その一方、企業にとっては短期的な利益確保も重要。これらの最適なバランスを見出す必要があります」と鈴木氏。業種業態、個々の企業によって最適なバランスは異なる。地経学の時代、世界を観察する経営者の視野の広さ、洞察の深さが問われている。

 

◉構成・まとめ|津田浩司、新井幸彦 撮影|佐藤元一