泣くもよし、怒るもよし、パーッと騒ぎに行くもよし。感情のはけ口を見つけることで、イヤな気持ちを発散させてしまうのだ。

 多くの人は、そうした気分転換の方法を少なからず身に付けているだろう。

 しかし、自暴自棄になって、アルコールに溺れたり、ギャンブルや買い物に熱中したり、次から次へと異性と交際するなどして、快楽に救いを求め、一時的な現実逃避をするという方法は間違いだ。

 快楽に身を投じれば、健康を害したり、資産を失うことはもちろん、ふと冷静になったときに、ダメな自分を責めて、余計に心が傷つきかねない。

 また、酒やギャンブルなどは、度を越すと依存症におちいり、人生や家庭が崩壊してしまう。

 自暴自棄になって、短絡的に快楽に溺れたり、場合によっては自分を傷つけたりしても、決して心が癒されることはないと断言しよう。

 また、そのようなことをすれば、あなたのまわりにいる大切な人を苦しませることになるということも覚えておいてほしい。

 イヤなことを「忘れよう」と思って自暴自棄になるくらいなら、あれこれ考えるだけ考えて、とことん落ち込んだほうがいい。時間はかかるが、たいていの人はいずれ、くよくよすることに疲れてくるはずだ。

 そうすれば、今後自分は何をしたいのかを考えたり、行動するための正しい判断ができるようになるのである。

落ち込んだときの状態を
心に刻みつけておこう

病気を経験すると、
人の苦しみや悲しみがわかる
心温かな人間になることができるのだ。

「一病息災」と言えば松下幸之助さんである。

「無病息災」の「無病」を「一病」に置き換えたこの言葉は、病気を経験した人は以後健康を気づかうので丈夫で長持ちするという意味を持つ。

 いつも病気ばかりしているのでは困るが、1度や2度ならいい結果につながる。これは子どもの頃から体が弱く、肺尖カタルを持病としていた松下さんの経験が言わしめた言葉である。

 私は、この言葉には、病気をした人は、誰に対しても温かい気持ちで接することができるという意味も込められているのだと思う。