不思議なもので緊急事態も繰り返されると日常になる。当日納品(*)に慣れ始めたタイミングで、音声監督に呼び出された。
「俺もいろんな修羅場を経験してきたけど、今回の作品は本当にギリギリやで。いつまでもこんなことやっとったら、本当に放送に間に合わなくなる。どうにかしたほうがええで」
そう言われれば、たしかにそうだ。私はすぐさま西編成局長に報告した。すると、西局長は顔色ひとつ変えずに言う。
「バ~カ。いまだかつてアニメが放送に間に合わなかったことなんてないんだよ。制作会社のやつらはいつもそうやって不安にさせるけど、安心して見てりゃ心配ない」
親鳥・西局長にそう言われると不思議と落ち着いてくるものだ。それ以来、技術スタッフから「今週は本当に間に合わないかも」と言われるたびに、「大丈夫です。きっとなんとかなります。最後は私が責任を取ればいいんですから、みなさんも心配しないでください」と余裕綽々で返事していた。
こうして「パンダ絵本館」は無事に全26回の放送を終えた(*)。視聴率はさほどよかったわけでもないが、初めてプロデューサーとして1つの番組をやり遂げられたことに私は満足していた。
その打ち上げの席だった。スケジュールを心配し、忠告をくれたベテランの音声監督に声をかけられた。
「みんなで話をしてたんや。北君は1年目なのに、なんであんなに余裕あるんやろ、って。ふつうこんな異常なスケジュールやったらオタオタしてしまうもんやけどね」
「いえ、西局長から、いまだかつて日本のアニメで放送に間に合わなかったことなんて一度もないと言われたんで安心していただけですよ」そう答えると、音声監督が大声で言った。
「ええっ! テレビで手塚治虫の『火の鳥』を制作したとき、放送に間に合わず急遽番組を差し替えたことがあるんやぞ!」
その瞬間、寒気が走った。知らぬが仏(*)とはよく言ったものである。
テレビ局には「番組考査」が必須だ。「番組考査」とは、放送される番組の内容や表現が適切であるかどうかをチェックするプロセスで、たとえば提供スポンサーと出演者が同一だと「考査上」NGと判断される場合が多い。番組考査は編成が行なう。厳密に明文化されているルールがあるわけではないので、担当者の差配次第という面も。