そうではない。タイプを打つ速さが自分より遅くても、タイピストを雇った方がよい。そして、それによってできた時間で弁護士の仕事を増やした方が有利になる。

 この弁護士は、タイプ打ち作業で、絶対優位性を持っているが、比較優位を持っていないのである。

 誰でも比較優位を持っている。そして、すべての人が自分の比較優位に特化し、分業を進めていくことが望ましい。

 この話はもちろん、現実世界でも生息可能だ。その例として、つぎの話がある。

 アメリカの伝説的ホームラン王ベイブ・ルースは、ピッチャーとしても有能だったのだ。しかし、二兎を追うことはしなかった。そして、強打者となる訓練に集中した。彼は比較優位の原則を実行し、そして大成功したのである。

 以上で説明したのは、国際貿易で、「リカードの比較優位原則」として知られている考え方だ。

 イングランドは、葡萄酒も羊毛も作ることができる。しかし、葡萄酒の生産はスペインに任せて、羊毛に専念した方がよい。なぜなら、イングランドが比較優位を持つのは、葡萄酒生産でなく、羊毛の生産だからだ。

 なお、サミュエルソンは、ポーランドの数学者であるスタニスワフ・ウラムに次のように質問されたのだそうだ。

「経済学の命題の中で正しいものは、自明のものばかりだ。自明ではなく、しかも正しい命題はあるのか?」

 サミュエルソンは、この質問に絶句したが、1年間考えたあと、リカードの比較優位の原則を挙げたのだそうである。

税制や社会保障の制度が
高齢者の就業を抑制している

 以上で述べたことにもかかわらず、社会的な仕組みが高齢者の就業を阻害している。様々な社会的な仕組みが高齢者の就業に対して阻害要因になっていることは間違いない。特に問題なのは、税や社会保障の仕組みだ。

 在職老齢年金制度は、その典型例だ。こうした制度は、撤廃する必要がある。

 また、税制や社会保険料の制度も、高齢者が働くことを抑制している。所得税制は、所得を年金や資産所得の形態で得る場合には手厚い優遇措置を与えている。また、労働所得でも給与所得の場合には手厚い給与所得控除を利用できる。

 しかし、独立して給与所得以外の形で所得を得るようになると、そのような恩典が得られない。しかも、確定申告が必要であるため、納税事務のために、かなりの労力と費用が必要になる。さらに、個人で仕事をすると、消費税について問題が発生する。消費税額を依頼者に転嫁しにくい場合が多いからだ。