
今春、サントリーホールディングスで10年ぶりに創業家出身者がトップに就任する“大政奉還”があった。創業120年超の歴史を誇る日本屈指の同族企業、サントリーの足跡をダイヤモンドの厳選記事を基にひもといていく。連載『ダイヤモンドで読み解く企業興亡史【サントリー編】』の本稿では、「ダイヤモンド」1969年4月7日号の記事『朝日麦酒対サントリー 社運をかけた関西ビール戦争』を紹介する。サントリーは69年4月に京都のビール工場を稼働させ、大ヒットした純生ビールを武器に西日本攻略に乗り出した。関西を稼ぎ頭とするアサヒビールは69年に本生ビールを発売し、サントリーを迎え撃つ格好となった。記事では、折しも前回大阪で開かれた万国博覧会を翌年に控え、まさに社運を懸けた「関西ビール戦争」の内幕を明らかにしている。(ダイヤモンド編集部)
サントリー新工場が稼働
西日本の販路を積極拡大
4月15日出荷!京都市内の雑踏を抜け、コースを西国街道へ取ると、程なく桂川――。京都盆地の南の外れ、乙訓郡長岡町(編集部注:現長岡京市)。北摂の山並みをバックにした白いサイロが目に飛び込んでくる。これがいま、サントリーが完成を急いでいるビールの新工場である。名付けて、桂工場。“純生”ビールの専門工場である。
国道から工場へ入る道は、まだ未舗装である。大型トラックのわだちが刻んだ水たまりが行く手をさえぎる。「足場が悪くてどうも……。きのうまで、プレハブの仮小屋を事務所にしていたんですよ……」と日焼けした鳴海工場長は、慌ただしく語った。
サントリーが、この桂工場の建設を決めたのは1967年の秋である。明けて68年に工事に着手した。それから、丸1年余――。新工場の総工費は50億円、敷地面積は延べ13万平方メートルというものだ。この土地は63年に入手した。サントリーが、東京・武蔵野に工場を新設して、ビール事業に進出したのが63年。地元関西への進出はそのときからの夢であった。
新工場のビール生産能力は、年間6万キロリットルである。第2期工事でさらに6万キロリットル、第3期工事で3万キロリットルの増設を行い、73年までに合計15万キロリットルの生産体制を整える。これが、桂工場の建設スケジュールである。
年産15万キロリットルといえば、武蔵野工場の能力13万5000キロリットルを上回り、ビール業界でも指折りのマンモス工場である。鳴海工場長は、一昨年まで武蔵野工場の副長であった。東京大学農芸学科の出身、24(大正13)年4月2日生まれというから、45歳を迎えた若手の工場長である。
「仕込み釜は、ドイツ・スタイネッカー社の湿式粉砕機を初めて採用しました。スペースが小さいこと、自動的に連続作業ができること、長所はいろいろありますが、なにより雑菌の入らないきれいなビールができるのです……」。鳴海工場長はこう説明する。第1回目の仕込みは、さる2月19日行われた。いま、その若いビールは、新工場の白いアルミのタンクの中で、静かにいぶいている。製品を出荷するのは、4月15日の予定である。
「昨年4月からこの3月末で“純生”の販売高は720万ケースになりましょうか。それに対し、今年は1000万ケースの販売を予定しています……」。販売会議に出席するため東京から駆け付けた横山虎雄ビール営業本部長は、大阪・中之島のサントリー本社でこう語った。
年間720万ケースというと、ざっと10万9000キロリットル、67年の販売実績に比し41%の増加である。それを、今年は15万キロリットルまで引き上げようというのだ。昨年に続き、40%前後の売り上げ増加をもくろんでいる計算である。
「ダイヤモンド」1969年4月7日号
昨年のサントリービールの販売状況は東京市場60%、名古屋10%、大阪は30%といった比率であった。三大都市の重点販売であるが、主力は明らかに東に傾いている。その販売比重が、今年は東京58%、名古屋8%に低下し、大阪が逆に34%へ増加するという。言うまでもなく、桂工場がいよいよ操業を始めるからだ。
この販売比率を前提にすると、大阪市場の販売数量は昨年の3万キロリットルに対し、今年は5万1000キロリットル前後の水準となる。大阪市場については、実に57%増の販売計画を立てていることになる。
昨年12月3日――、サントリーは“純生”の販路を広島、山口、福岡へ延ばした。東京・武蔵野工場から、遠く北九州までビールを送り込んだ。ビールは、秋から冬へかけて需要が落ち込む。北九州まで作戦を広げたのは冬場対策の一環という見方をすることもできるが、主目的が桂工場完成を控えての市場開拓にあったことは言うまでもない。
サントリーの“索敵作戦”は、すでに開始されているのである。次はどういう手を打ってくるか。
「佐賀、長崎、できれば熊本、大分県の一部まで手を広げる希望を持っている。希望というのは、この計画は、うちだけの意思では決められないからだ。“純生”は、関西以西では朝日麦酒の販売ルートで売られている。アサヒさんが、どういう答えを出すか……」
横山ビール営業本部長は、なかなか含みのある表現をしている。大げさに言えば、関西市場は今年のビール戦争の決戦場となりそうである。
サントリーの桂工場の建設、これを迎え撃つアサヒ――。キリンは宝酒造から買収した京都工場の増設を完成させたし、年内には岡山新工場の建設を決める?という。サッポロの動きもまた不気味である。
各社とも、その主力部隊を次々と関西市場に集結させている。来年は万国博覧会。それを当て込んだ市場獲得戦で、ただでさえ関西市場は荒れ模様である。そうした中で、関西を主力地盤とするアサヒがどう戦い抜くか。サントリーがどこまで市場の切り込みに成功するか。







