既存の制度とは、日本型の企業システムと社会保障制度を指す。大企業による男性正社員への手厚い教育訓練は均質性の高い労働力を生み、所得の平等を実現する一方、政府の再分配政策は企業を通じた雇用保障と社会保険に重点を置き、事後的な貧困救済は自助努力と私的扶助を基礎とする限定的な制度にとどまっていると指摘する。
60年代に完成した日本型平等社会は
90年代以降、日本型不平等社会に
森口は、世帯ではなく個人を単位とする新たなセーフティーネット、男女平等を基本理念とし、世帯よりも個人、同質性よりも人的資本の多様性を尊重する新たな雇用や社会保障制度の構築を提唱する。
筆者は森口の問題提起や提言を支持するが、残念ながら日本の社会保障制度は現在も基本的に変わっていない。
1960年代後半に完成した日本型平等社会は90年代以降に「日本型不平等社会」に移行したといえるが、日本型不平等社会の成立を主導してきたのは、非正規雇用を増やし、総人件費の削減を進めてきた日本企業である。

「既存の制度」の柱を成す日本型の企業システムが大きく変化したにもかかわらず、もう一本の柱である社会保障制度の手直しは遅々として進まない。
現在の社会保障制度は日本型不平等社会の現状に十分に対応できていないだけでなく、制度の持続可能性にも疑問符がついている。多くの人々は社会保障制度に不信感と不安感を抱き、国の制度には頼れないという意識が強まっている。
人々の生活を支えてきたはずの日本型の企業システムと社会保障制度が、人々の将来不安を搔き立てている現状は悲劇だと言わざるを得ない。
日本企業が人件費の抑制を続ける中で、日本型平等社会を前提にした社会保障制度を温存している限り、景気回復を実感できない人は増え続けるだろう。