進化のドライバーは「創造的継承力」

──ちょうど10年に「Canon Design Identity(CDI)」を整備されていますね。 

 はい。CDIは、9カ条のクレドを土台に、「キヤノンらしさ」と「キヤノンデザイナーの心得」を明文化したものです。M&Aのために作ったものではありませんが、ブランド統合に当たっての相互理解に大いに役立ちました。「キヤノンデザイナーの心得」の中に「歴史的な定番に敬意を」という言葉があるのですが、これはブランドを統合していくプロセスで最も重要視したものです。

「デザイン審議会」もこの年に始まっています。専門性の異なるデザイナーや管理職が参加してデザインを審査する会で、現在までに450回、計907件の製品を審査してきました。審議会を通ったデザインだけが推奨案として設計者に渡るようになっていて、今、市場に出ている製品は審査会を経たものです。

──ブランドを動的に進化させていく作業ですね。

 こうした取り組みが実を結び、外部評価も高まっています。24年度の「グッドデザイン賞」では半導体製造装置が二つの金賞を頂きましたが、一つはキヤノン製、もう一つはキヤノンアネルバ製です。今年の「iFデザインアワード」(ドイツで開催される国際的なデザイン賞)でも、日本とオランダのチームがそれぞれデザインした2種類の商業印刷機が受賞しました。グローバルブランドの統一が順調に進んでいることを実感できました。

──デザイナーの育成はどのようにされていますか。

 育成においても「歴史的な定番に敬意を」という心得を大事にしています。時代が変わっても、使う人間の体は基本的に変わりません。エルゴノミクス(人間工学)を土台にしたユーザビリティデザインは、継承してこそ進化するのです。

 カメラのフラッグシップ機の変遷を見ると分かりやすいのですが、1980年代に発売した「T90」と、昨年発売した「EOS R1」は、大きさも内部のメカニズムもまったく違います。しかし、並べてみるとどちらも「キヤノンらしい」。表面的な造形ではなく、土台になるストーリーや考え方が引き継がれているからです。先人への敬意を欠いたデザインは亜流に陥ってしまいます。「創造性」と「継承」という、相反する要素を1人の中に取り込んでまとめていく。そんな「創造的継承力」を身に付けなくてはなりません。

 デザイン審議会は、デザイナーが「創造的継承力」を磨く絶好の機会です。長年エルゴノミクスでもまれてきたカメラのデザイナーが、商業印刷機のユーザビリティの改善点を的確に指摘する──というように、分野の異なるデザイナー同士の知見交換が活発に行われています。「キヤノンのクリエイティブを高める」という目的が共有されているので、建設的な議論ができるし、最後は自然に拍手が起きるほどの一体感が生まれます。