社員の幸せや働く喜びまでデザインしたい

──今後、企業の中でデザインはどんな役割を果たすべきだとお考えですか。
  
 私が大事にしたいのは、社員と企業のエンゲージメント向上です。社員の幸せや働く喜びまでデザインできて、初めて「デザイン経営」といえると思っています。

 例えば、社員が講師となって地域の学校に出向き、小学生にリサイクルを題材にした資源循環の大切さを伝える「環境出前授業」という活動があります。このレクチャー用の教材やカリキュラム作りにもデザインセンターが関わっています。子どもたちにも好評ですが、「教える」ことを通じて、社員の誇りが醸成されることに大きな意義を感じています。

 また、デザインセンターでは、デザイナーが自ら製品開発にまつわるストーリーを語るオンラインセミナー「Meet-up Canon Design」を開催しています。具体的な製品デザインについて詳しく語るコンテンツは希少なので就職を控えた学生さんにも好評ですし、海外からのアクセスも伸びています。こうした活動も社員の誇りにつながっています。

──デザインをマーケティング方面に生かそうといった動きもあるのでしょうか。

 キヤノングループは「製販分離」の体制を取っており、そこは役割分担して販売会社に任せています。デザインセンターにもプロモーション機能はありますが、あくまで技術やデザインの本質的な理解を促すことが目的です。ただ、BtoBの購買プロセスでは感性やイメージよりも、性能、使い勝手、生産性、環境配慮などに関する精度の高い情報が重要視されます。そのための素材をデザインセンターから生み出しているのは事実です。

──最後に、企業内のデザインリーダーにどのような資質が必要か、考えをお聞かせください。

 現場の実際を把握・理解しながらも、高い視点から物事を俯瞰する「ヘリコプターセンス」は必須だと思います。デザインは現場の集合体ですが、それが経営の中でどんな意味を持っているかを常に意識しなくてはいけない。そのためには越境体験も必要ですね。私も、デザインの実務を離れて米国の拠点でビジネスに関わっていた時期があります。デザインを客観視できるようになったのはこのときからだと思っています。

 グローバル企業にとって、デザインの活用は非常に重要な経営課題です。キヤノンの場合は、創業時からデザインを重要視し、ビジネスのさまざまな波の中でデザイン力を鍛え続けてきました。この創造的継承力によって経営の期待にも応え続けることができたと自負していますし、さらなる進化を目指していきます。

キヤノンの事業ポートフォリオの「戦略的大転換」に、デザイン組織が果たした役割とは?YOSHIFUMI ISHIKAWA
キヤノン理事、総合デザインセンター所長。キヤノン入社後、「EOS-1V」をはじめカメラ、ビデオのデザインを多数手掛ける。1998年にキヤノンUSA赴任。シニアビジネスプランナーとして新規事業立ち上げを担当。帰国後、インターフェースデザインの部門長としてUX開発の基盤を構築。2012年、総合デザインセンター所長に就任し、キヤノングループのデザイン統括とともに事業テーマの早期提案や将来ビジョン活動に参画。iFデザインアワード2014審査員、24年度JEITAデザイン部会長、25年度グッドデザイン賞審査委員。