ニデック永守氏が実践する
「井戸掘り経営」とは?
事業領域は「モーター」に絞り込んでいる。その適応領域は、ハードディスクドライブ、スマートフォン、家電、産業機器、EVと多岐にわたる。まさにモーター一筋で世界トップの座をつかんだ。しかもモーターの市場は、医療機器、ロボット、空飛ぶ車など、今後とも指数関数的に広がっていく。2030年の売上高10兆円を目指して、進化し続けている。
一カ所をあきらめずに深掘りしていけば、いずれ新しい鉱脈や水脈にたどり着く。永守氏はそれを「井戸掘り経営」と呼び、永守三大経営手法の筆頭に掲げる。ちなみにほかの2つは、「家計簿経営」「千切り経営」だ。詳細は、拙著『稲盛と永守』(日本経済新聞出版)をご参照いただきたい。
永守氏は幹部研修の際に、次のような話をする。
「子どものころ、母親は自分を背負って、毎朝、井戸に水汲みにいった。そんなに汲んだら水がなくなってしまわないのかと尋ねた私に、『水は貯めておくと古くなるだけや。汲めば汲むほど、新しい水が湧き出るんや』と母親は答えた。翌朝、井戸の中をのぞくと、確かに水はまた満タンになっていた――」
経営も同じだ。現状に満足せず、貪欲に新しいことに挑戦し続ければ、アイデアはまさに井戸水のように湧き出し続けるのである。逆に、次々に汲み上げない限り、新しい水は出てこない。常に汲み上げ続けるから、湧いてくる。これだけのアイデアを出したから、もう終わりということはない。汲み上げ続けるのが大事ということだ。まさに、ニーチェの箴言「汝の足下を掘れ、そこに泉湧く」(『悦ばしき知識』)を、経営の現場で愚直に実践しているのである。
両利きの経営が唱えるように、新規事業をあれこれと表面的に「探索」してみたところで、大きな鉱脈や水脈を掘り出すことは不可能だ。深化の先にこそ、大きな「新化」を拓くことができるのである。
ただし、ひたすら同じところを同じように掘っていても、「新化」にはたどり着かない。永守氏は「脱皮しない蛇は死ぬ」とも語る。これもニーチェの格言で、『曙光』の一節だ。ニーチェはさらに、「脱皮することを妨げられた精神も同じであって、変化することを妨げられた精神は滅ぶ」と言う。まさに、筆者のいう「変態(メタモルフォーゼ)」のすすめである。
ただし深化は、往々にすると袋小路に陥ってしまう。掘りどころと、掘り方を間違ってしまうためだ。たとえば「顧客第一主義」を唱える企業は既顧客を大切にし、その要望に何とか応えようとする。「マーケットイン」と呼ばれるアプローチである。しかし、それだけでは既顧客が進化しない限り、みずからも進化しない。顧客におもねっていても、イノベーションの本務であるはずの「市場創造」は実現しないのである。