
JR東日本は7月1日、2034年度を目標年次とする新たなグループ経営ビジョン「勇翔2034(以下「勇翔」)」を発表した。2018年7月に策定した現行ビジョン「変革2027(以下「変革」)」では、「鉄道のインフラ等を起点としたサービス提供」から「すべての人の生活における『豊かさ』を起点とした社会への新たな価値の提供」へ事業価値の転換を掲げたが、「勇翔」も方向性を引き継ぎ、さらに踏み込んだ。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)
投資メニューの積み上げではなく
理念・概念が中心の経営ビジョン
鉄道事業者の経営ビジョン(経営計画)といえば、長期にわたる投資メニューを積み上げたものが多いが、「勇翔」は理念・概念を中心とした構成だ。実際、2012年策定の「グループ経営構想V~限りなき前進~」は耐震補強対策やホームドア整備の推進、大規模ターミナル駅開発など個別の施策が併記されていたが、「変革」以降は方向性を示すにとどめている。
同社に聞くと、「長期にわたる計画だけに、(具体的な項目を列挙すると)社内のマインド的に書かれたことをやる方向になってしまう。鉄道メインであればそれでもよいが、事業領域を拡大していく中で、何をやるのか知恵を出していくのが重要」として「変革」以降、舵を切ったと説明する。「鉄道起点」からの転換がビジョンにも表れているということだ。
ますます「非運輸」に傾倒する印象だが、それは今に始まった話ではない。JR東日本初代社長の住田正二氏が1992年の著書で「鉄道事業が効率的な経営を続けている間に、JR東日本は、本業としての総合生活サービス事業を育成して、もう一本の太い大黒柱を築き上げなければならない」と述べているように、発足時から明確な問題意識が存在した。
問題意識が明確な危機感となったのは2010年代以降である。リーマン・ショック、東日本大震災が発生。そして、東北地方の人口減少が加速したことで、鉄道事業の成長は期待できなくなり、非運輸業の拡大に本腰を入れた。「鉄道起点」から「ヒト起点」へ転換することで、これを明確化したのが「変革」だった。
ほどなくしてコロナ禍が起こり、鉄道事業の収益性はさらに低下したが、同社は「変革の歩みは止めない」として計画を据え置いた。コロナ禍は「想定された未来」の到来を10年前倒しさせたが、目指す方向性は変わらないからだ。