なぜクシュタールはセブン買収を撤回したのか

 振り返れば2024年8月、クシュタールはセブンに「拘束力のない買収」を提案した。一般的に買収提案をする場合、売り手側の企業が一定の条件を定め法的拘束力を持たせるケースがある。今回、クシュタールはそこまで踏み込まなかったので紳士的だったといえるだろう。

 一方、セブンはコンビニやスーパーマーケット、専門店などの流通事業を主軸に、セブン銀行では金融事業も行うなど、ある意味でわが国の「社会インフラ企業」といえる。その企業が海外企業の傘下に入ると、収益性の低いスーパーなどが売却された場合は、買い物難民が増えるリスクがある。同年9月、財務省がセブンをコア業種に指定したのはそうした懸念からだろう。

 海外投資家がコア業種の企業に投資するためには、事前の届け出が必要だ。コア業種以外でも、海外投資家が経営権の取得を目指す場合、事前に届け出や政府の審査を受ける必要がある。コア業種に指定されたことは、確実に買収実現のハードルを高めた。

 それでも、クシュタールは諦めなかった。同年10月、買収金額を7兆円規模に引き上げた。これに対して11月、セブンの創業家が伊藤忠商事などに参画を打診し、非上場化を検討するに至った。ただし、この案は資金負担の大きさから実現しなかった。

 クシュタールのセブン買収意向が薄れたのは、その後にセブンが発表した経営戦略が影響しているだろう。年をまたいで今年3月、セブンは経営トップを交代し、北米コンビニ事業のIPO、イトーヨーカドーなどスーパー事業の売却、2兆円の自社株買いなどを発表した。

 一連の施策の中で、北米コンビニ事業のIPOはクシュタールにとって想定外だったはずだ。クシュタールはセブンの海外事業の全てを取得する意向があったものの、日本事業は40%の取得にとどめる案を提示していた。この点から、買収の主な狙いが北米コンビニ事業であったことは明らかだ。なお、セブンの25年2月期決算で、北米コンビニ事業は売上高の約73%を占めた。

 M&Aがなかなか進まない中、クシュタールの業績も不安定になった。年初以降、米国では個人消費が緩やかに減速していた。同社の2~4月期業績を見ると、調整後1株利益は46セント、アナリスト予想の47セントを下回った。

 経営の不調が続けば、クシュタール経営陣は株主から批判され、同社自身が買収のターゲットになる可能性は高まる。そうした懸念を考慮して、クシュタールはセブン買収提案を引き下げたとみられる。