リスクを恐れないのではなく
「使いこなす」

 ウラジオストクの鮭缶の噂は、三井物産、三菱商事など大商社にも出回っていました。しかし太郎は、そうした大組織の社員たちは、組織の判断を仰ぎ、100%安心できる「証明された商品」しか買い付けの判断を下せない。しかも現金取引が前提であるため、サラリーマンたちは手を出せないだろうと踏んでいました。

 だからこそ、太郎はそこにあえて飛び込んだのでした。

 しかも、自ら現地に赴くのではなく、配下のブローカーに100万円の現金を持たせて送り出すのです。当然、不安を口にする社員もいました。

「社長、あのブローカーは信用がおける男なんですか。一世一代の大勝負だというのに、社長自ら行くのでなく、あんな若者に全財産を預けるなんて信じられません」

 しかし太郎は平然と言い放ちます。

「ブローカーなんてやつは不思議なものでね。1000円の金を渡すと夜逃げするような連中ばかりだが、1人に100万円背負わせれば怖くて逃げられないもんだよ」

 金額の絶妙な重さが、人の心理をどう動かすかを熟知していた太郎の、したたかな「人間観察眼」が垣間見える名言です。

トラブルに直面したとき
どう動くか

 ところが、取引成立で安心したのも束の間、心配していたロシア革命が現実のものとなり、新政権から取引そのものが無効だと通告され、荷物の船積みが突如中止されるという非常事態が起きます。国際電話などない時代、普通の経営者なら、この時点で呆然とするか、手をこまねくしかないでしょう。

 しかし、太郎は一人で抱え込むことはしません。ここから彼の「勝負師」としての真骨頂が発揮されます。

 「使える伝手はすべて使う」。それが彼の流儀でした。