健康で長生きできても
目的がなければ意味がない
しかし見方を変えれば、平均寿命が長くなったことで、私たちは「不死」の存在であると錯覚するようになっているのではないだろうか。「健康長寿」信仰もそのひとつだ。
以前、ある団体から終活について講演を依頼されたことがある。私の前には、ヨーグルトを販売している食品会社がスポンサーとなり、その効用の研究を依頼した医大の先生が登壇した。
そのヨーグルトに含まれる乳酸菌は、がん細胞やウイルスに感染した細胞をやっつけるナチュラルキラー細胞を増やす効果があるので、毎日食べることで、健康長寿が期待できるという内容だった。
「ヨーグルトを食べて健康長寿を目指そう!」という講演のあとに、私が、終末医療や葬送など終活についての話をするのだから、なんだかとてもシュールな組み合わせだが、私は講演の冒頭で、「何もすることがないのに、毎日ヨーグルトを食べて健康で長生きしたら、どうなると思いますか」と、来場者に問いかけた。
健康でどこも悪くないなら病院巡りもできないし、毎日することもなく、1日がひたすら終わるのを待つ生活をしていれば、健康長寿の意味があるのだろうか、と。
人生で何かしたいことがあるとか、楽しみがあるから、元気で長生きしたいのであって、健康長寿は人生の目的でも、「目指すもの」でもないのではなかろうか。健康長寿は、目的を達成するための手段にすぎない。
「長生きはしたくない」が7割!?
彼らは何をおそれている?
私が関わっている日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団で2023年に実施した調査によれば、100歳以上まで長生きしたいかという質問に対し、長生きしたいと回答した人は全体で22.0%にとどまり、多くの人は人生100年時代を肯定的には捉えていなかった。
50代、60代では8割以上が、「100歳以上まで生きたくない」と考えていたが、人生100年が現実的であろう20代、30代でも、長生きしたい人は25%程度しかいなかった。
また性別で比較すると、長生きしたい人は男性で27.6%、女性で16.5%と、男性の方が多かった。
