スカルノ政権に食い込んだ久保正雄は、ジープ納入を手始めに紡績工場プラント、テレビ局設備など賠償絡みの仕事を次々と伊藤忠商事に仲介し、その都度コミッションを要求した。
「久保が『瀬島さんはこれだけ払うと約束した』と言うから、社に帰って確かめると、セーさんは『そんな約束をした覚えはない』と言う。それをまた伝えると久保は『うそをつくな』と怒りだす。えらく苦労したよ」
コミッションは通常13パーセントだった。久保の説明では、10パーセントをスカルノに渡し、残り3パーセントが東日貿易の取り分になるという。
「こういう裏のコミッションの費用を捻出するには、輸送費などの経費を水増しするしかない。ジープの場合、輸送費を2倍に水増ししたら、インドネシア国家警察の幹部が『いくらなんでも輸送費が高すぎる』と文句をつけてきた。『車にいろんなもの(スカルノ政権へのリベートの意味)を上乗せするから輸送費が高くなるんだ。お前らも事情は分かってるだろう』と言い返したが、結局輸送費は半分に削ることにした。もちろんその分、車本体の値段が跳ね上がったけどね」
東日貿易へのコミッションは久保の指定する銀行口座に振り込んだり、久保の要求で伊藤忠商事の海外支店に送金したりした。
「伊藤忠のロス支店で受け取りたいと言ってきたこともあった。しかも『1000ドル札で用意してくれ』なんてね。1000ドル札はなかなかないから、支店長が集めるのに苦労したと言っていたよ」
東日貿易にかつて勤めていた
桐島正也が久保正雄を振り返る
800億円余りの賠償金をめぐり、伊藤忠商事、東日貿易、スカルノ政権がつくりだした利権のトライアングル。久保はインドネシア賠償ビジネスで巨利を得て、大野伴睦ら有力政治家のほかプロ野球巨人軍の長嶋茂雄や俳優の高倉健らの後援者として知られるようになる。
久保正雄とスカルノのパイプはどうやってつくられたのか。賠償ビジネスの源流を求めて私たちの取材はインドネシアに向かった。