「手嶌治虫(オサムシ)」だと思ってた…手嶌〈眞栄田郷敦〉との邂逅が、嵩の人生を一気に動かした日【あんぱん第95回】

一見、“新しい女性”のように見える登美子
時代に争う鉄子や、『虎に翼』の寅子

 嵩に話があると呼び出されたようで、おめでたかと勘違いしていた。そうではないことを知ると「ごめんなさいね」とすぐに謝る。このへんはデリカシーがある。

 のぶは嵩が会社を辞めると報告し、自分が働いて支えると言うと、登美子は「夫が会社を辞めて漫画家を目指す人生がまっとうだと思っているの」と猛反対。

 そこへ嵩が帰ってきて、今日退職届を出したと言う。登美子は、いま仕事を辞めるべきはのぶであると主張。「男のあなたが安心させてあげなきゃ」と。

 勝手気ままで、新しい女性のように見えるが、実は極めて旧時代の女性である。女性が経済的に男性に頼って家庭に入り、子を成し育てることを良しとしている旧時代の女性の象徴のようだ。彼女が何度も再婚するのは、女性は男性に養ってもらうものと思っているからなのだ。

 その時代の価値観が人間の生き方を規定してしまうことがある。なかにはそこに疑問をもって異なる可能性を求めて行動に出る人もいて、それが朝ドラのヒロインだったりする。

 たとえば、『虎に翼』(2024年)の寅子(伊藤沙莉)。彼女は戦前の結婚制度に疑問を持っていた。その頃、女性は「無能力者」とされ財産権や参政権がなかった。俗に言う「無能」の意味ではなく、何をするにも夫に意思決定を委ねなくてはならないという意味で、唯一自身の意思で行動できるのは家事に関することだった。

 それが戦後、寅子たちのような人たちの尽力で女性の権利が勝ち取られていった。

 鉄子も、時代の変化のなかで、旧来の女を見下す古狸たちから女性の権利を勝ち取ろうと戦っている人物のひとり。ただ、政治の世界ではまだ女性の力は弱い。必死で生き残りを賭けているのだと思う。

「国会の下には泥沼のようなマグマがあって。そこを生き残らないと政策ひとつ通せん」と苛立っている。「戦争のない世界」「弱者が救われる世界」を女性がつくり出すためには、政治の世界で男女差別のない世界を作らないといけないのだ。

 戦前、法律で女性は無能力者とされていたのだから、登美子が夫を求めて何度も結婚するのもわからなくはない。戦後、法律が変わっても登美子のように昔のルールが刷り込まれていたら、新しい生き方を理解できないのも無理はないだろう。