バブル崩壊による不良債権処理がすすむなかで、銀行は大蔵省の金融検査に神経を尖らせており、接待によって検査日程を引き出そうとするなど、企業防衛工作を行っていた。

「1年先まで週末は
接待ゴルフの予定で埋まっている」

 この一連の問題で、大蔵省幹部ら7人が逮捕、起訴され、当時の三塚博大蔵大臣や事務次官、日銀総裁らが引責辞任に追い込まれた。その後、金融監督庁が設置され、大蔵省は「財金分離」(財務省と金融庁)の方向で分割されることになる。

 当時、通産省で働いていた僕は、報道で初めて「ノーパンしゃぶしゃぶ」なる店を知ったのだが、少なくともこの店に関しては、大蔵省以外の省庁ではあまり知られていなかったように思う。

 ただし、民間企業による官僚の接待が常態化していたのは事実で、たとえば通産省でも1990年代前半、「1年先まで、週末は接待ゴルフの予定で埋まっている」という人もいた。

 1990年代まで、大蔵省には20代の若手官僚を地方の税務署長とする人事慣行があった。税務署は単体でそれなりの人数が働く組織だから、新人から上は50代まで、あらゆる年代の職員がいる。そこに中央から「殿様」が送り込まれるのだから、そのエリート意識が肥大するのは当然だったと思う。

 一連の接待問題を受け、この慣行はなくなったが、予算編成を担う財務省が霞が関の頂点に位置するという構図は、その後も変わっていない。