経済面で若手官僚を評価すべきというのは、森永さんらしからぬ寛大な意見だと思うのだが、役所が民間企業に人材採用で負け続けている現状、これも長期的には考えていかなければならない課題であろう。
杓子定規な労働時間削減は
「悪平等」に過ぎない
いまの政府が取り組んでいる「働き方改革」について言えば、僕はこれを根本的に見直すべきだと思っている。国が国民の労働時間に杓子定規な規制をかけたり、その基準を「下に合わせる」ようなやり方は間違っているし、悪平等というものだ。
戦後のある時期まで、「勤勉」は日本人の代名詞だった。昭和の銀行員は「セブン・イレブン」と言われ、毎朝7時には出社し、終電近くまで働くのは当たり前。世界の人々は「日本人は働きすぎる」と驚嘆し、またそれを揶揄する向きもあったのだが、良いか悪いかは別として、一心不乱に日本人が働いたことで日本は高度な経済成長を成し遂げた。
これは客観的事実である。逆に言えば、効率化がともなっていない状況で、労働時間だけ減らせば、国は貧しくなる。当然の話だ。
一例として、「働き方改革関連法(働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律)」により、2024年4月からトラックドライバーの時間外労働時間の上限が年間960時間に制限された。これは物流業界では「2024年問題」と呼ばれている。
最近は配送物や郵便物の到着が以前よりかなり遅くなっているが、その背景としては慢性的な人材不足がある。これを「労働時間を短くすることでドライバーを過酷な労働から解放し、人材不足を解決する」という発想は間違っていて、実際には稼げなくなり離職していくドライバーが増え、いっそう人手不足が深刻化する。そういった逆効果の側面がすでに指摘されている。
生産性を上げるために必要なことは、休み時間や休日の日数を増やすことではなく、従業員のスキルを上げ、それを企業活動に反映させて効率化を進めることである。
「日本人は働きすぎだから労働時間を
削ろう」の議論ではなにも解決しない
50代以上のサラリーマンの方なら、ほとんど徹夜で仕事をしたという経験は、多かれ少なかれあると思う。