幸い、犠牲者はほとんど出ていない。国が迎撃ミサイルで、ロケットのほとんどを撃ち落としているからだ。それでも、とつぜん警報サイレンが鳴るのは心臓に悪いし、そのたびに勉強や遊び、仕事が中断されるから、みんなうんざりしている。以前、飼い猫をシェルターに連れていけないことがあった。妹は「うちの猫に何かあったら許さないから!」と怒っていた。
国防大臣が言った
「奴らは人間じゃない」
君の国には、徴兵制がある。
18歳になるとみんな防衛軍に入ることになっている。君も高校を卒業したら、兵士になる。お姉さんはもう兵役を終えたけれど、退役後も命令が出たらいつでも戦場に行かなければいけない。君の両親も、みんな経験してきたことだ。テロリストが近くにいるかぎり、こうやって国や家族を守りつづけなければならない。
そんなある日、大事件が起きた。絶対に破れないとされていた壁を破壊して、テロリストが町になだれこんだ。そして、子どもや女性、高齢者が大勢殺された。
犠牲者には君の遠い親戚もいたらしい。
お姉さんがつぶやいた。
「ひどい!こっちは戦いたくないのに、なぜあの人たちは殺しにくるの!?」
事件を受けて国防大臣が言った。「奴らは人間じゃない」と。それを聞いた妹が言った。
「同じ人間なら話しあいができるかもしれないけど、人間じゃないなら無理なのかも……」
事件の次の日から、防衛軍の戦闘機がテロリストの住む地域にはげしい空爆を続けている。子どもたちも犠牲になっているというニュースを聞いて、お父さんが言う。
「もちろんいいことじゃない。でも、壁の反対側の住民の多くは、テロ組織を支持している。だからあそこに住む人は、全員テロリストのなかまだと思われてもしかたがないんだ。もう二度とあんなこと起こさないように、軍にはがんばってもらわないと」
君はもうすぐ兵士になる。市民を守って、平和な世界をつくるために……。
ガザや西岸からの悲痛な声が
イスラエル市民に届かない理由
ここでは、イスラエルの市民から見た紛争を想像してもらった。ガザや西岸の話を通して誤解してほしくないのは、「イスラエル人=悪い人」ではないことだ。ではなぜ、占領やジェノサイドのような攻撃を支持するのだろうか(注1)?
(注1)2023年末の世論調査では、ユダヤ系イスラエル人のおよそ8割が、「軍事計画を立てる際、ガザの人々の苦しみを考えるべきではない」とこたえている(23年12月19日にイスラエル民主主義研究所が発表した調査結果より)