もっとも大きな理由は、事実が見えないようにされているからだ。相手への共感や想像が、できなくなっている。
「君」が住んでいると想定した町は、イスラエル最大の都市であるテルアビブだ。ビーチのある海岸沿いの道には、カフェやショッピングモールがならび、ガザや西岸で起きていることを気にしないでくらせる。テルアビブからガザまでは、車なら1時間くらいで行ける距離にある。
でも、ガザの人々の痛みや苦しみはまったく届かない。多くの市民が関心をもつのは、占領や封鎖の結果として起きた「テロ」攻撃だけだ。そこだけ見れば、「とんでもない人殺し」「徹底的にこらしめろ」という声が高まる理由もわかる。
そもそも、イスラエルのユダヤ人社会には「私たちこそ被害者」という心理がある。
また、「世界は私たちの痛みをわかっていない」と感じている。だからイスラエル軍の攻撃への国際的な批判にも耳をかたむけない。
ユダヤ人が持つ
「強い被害者意識」の背景
この被害者意識はどのようにつくられるのだろうか?イスラエルの子どもたちは、幼いころから、親や学校、メディアなどから「ユダヤ人の迫害の歴史」をくりかえし教わる。それにより、自分たちだけが特別な被害者であるという思いを強くする。
イスラエルの子どもや若者が、必ず訪れる施設がある。西エルサレムにある国立ホロコースト記念館「ヤド・ヴァシェム」だ。
ここでは、中世ヨーロッパでのユダヤ教徒への差別から、19世紀のポグロム、そしてナチスによるホロコーストについて、くわしく伝えられる。
そして、最後に展示されるのは、「苦しみをのりこえてやっと手にした聖地が、イスラエルというこの国」というストーリーだ。訪れた若者は、「この国を、今度は自分たちが守る」という使命感をいだくようになる。