
手塚治虫の仕事場も男女禁制だった
その頃、嵩は手嶌治虫(眞栄田郷敦)の仕事場にいた。
手嶌は妻以外、聖域である仕事場に入れなかった。が、嵩だけは招き入れた。なんて光栄なことであろうか。大作家・手嶌だが、仕事場は意外と狭い。でもここで数々の名作を生み出しているのだ。
そこには「男女禁制」の張り紙がしてある。
「男女禁制」とはなんぴとたりとも入室を禁止ということ。「女人禁制」ではなく男女平等に禁止していた。
これは手嶌のモデル・手塚治虫もそうであった。このエピソードが描けた理由は、NHKの膨大なアーカイブの恩恵であろう。
今年(2025年)の1月、『時をかけるテレビ〜今こそ見たい!この1本〜膨大なアーカイブから未来へのメッセージ』という番組で1986年に放送されたNHK特集『手塚治虫 創作の秘密』が紹介された(25年1月31日放送)。
デビュー以来40年間、マネージャーも編集者もアシスタントも入ったことのないパーソナルな仕事場にNHKが潜入した。そのとき、張り紙こそしていないが、手塚治虫が「女人禁制どころか男女禁制でね」と言っている。この番組はオンデマンドでまだ見られる。
この番組(『時をかけるテレビ』のほう)を、筆者もオンエアで興味深く見た。NHKはこういう取材ものにはものすごく力を発揮するなあと、取材を生業とする者としていつもうらやましい。
ただし、嵩のモデルであるやなせたかしは、手塚の聖域には入れてもらっていないようだ。
聖域で、『千夜一夜物語』の相談をする手嶌。嵩の描く女性を「あなたの描く女性はあたたかくて、やさしくて強くて、目が好奇心に輝いている。あれ奥さんでしょ」と指摘。そのほか、たまにプライドが高くて強情そうな人もいると、それはのぶではないとまで気づいている。「それは母ですね」と嵩は苦笑まじりに応える。
ところで、手塚治虫の女性キャラは奥さんなのだろうか。上品そうな奥さんのこともきっとお母さんのキャラなどに投影していたのではないだろうか。手塚漫画に出てくる主人公のお母さんは、いつも上品でやさしそうで控えめな伏し目がちのイメージがある。
手塚は嵩の女性キャラに魅力を感じたようだが、嵩は男性キャラのアイデアを思いつく。それは「風来坊」。ヤムがまさか自分の家に来ているとは知らずに、たぶんヤムを思い出して「風来坊」のキャラを提案するのだ。