傷を負わない選択肢はないが……、最善策は「何もしない」?
しかしこの戦略にも落とし穴がある。そもそも、素人にそんなとっさの判断力と演技力はない。また、観客(とクリス・マーティン)の洞察力を過小評価してはいけない、だませない。そして何より、仮に「痛いキャラのフリ」であっても、公の、しかもカメラの前で行われたことは、善も悪もすべてデジタルタトゥーになって刻まれる時代だということだ。
特に既婚バイロン氏の方は、コンマ1秒でも「妻でない女性に手を回している」瞬間が目撃された時点で問答無用のセクハラオヤジ、身バレすればセクハラCEOとして、やはり失職ベクトルにあった。
理論上、彼らにはどんな選択肢があったのか。結論は残酷だ。何をやったって傷を負わない選択肢はない。せめて最良の対処法は「何もしない」こと。動けば動くほど怪しく見え、隠れれば隠れるほど「やましいことがある」と気づかれ勘繰られ、説明すればするほど炎上は拡大する。だけどそれができていたら最初からこの状況になっていないのだ。教訓は、「常にカメラに狙われていると思え」である。センテンススプリングである(古いか)。
いまやさまざまな企業にSNS担当者や部署が置かれ、広報はネット炎上などの危機管理に神経を張りめぐらせている。しかし、CEOと人事部長にこんな全世界的なバックハグなんかされたら、「危機管理って何?そもそもCEOが全力でウチらを危機に追い込んでくれたんだけど?」とアストロノマー全社員が一斉に頭を抱えたことだろう。
後任CEOの天才的な反撃で、サイト訪問者数が1万5000%増
事件から約2週間後、広報を得意とする後任CEOピート・デジョイ氏による反撃が始まった。それは、コールドプレイのクリス・マーティンの元妻であり女優のグウィネス・パルトローを「臨時スポークスパーソン」に起用した60秒のプロモーション動画だった。

クリス・マーティンと10年間の婚姻関係にあったが離婚した元妻という、事件と微妙に関連がありながら直接的ではない斜めのキャスティング、そして彼女が経営する(ほぼスピリチュアルの偽科学と言われながらも)ライフスタイル企業であるGoop事業で培った「健康・ウェルネス」イメージが、スキャンダルの払拭に必要な「健全」「クリーン」というコンセプトと完璧にマッチしている。
動画では、視聴者の好奇心たっぷりの質問(「OMG! What the actual f」など)に対して、グウィネスがひたすら健康的にポジティブに、アストロノマーのサービスを説明し、売り込んでいく。辞任した前CEOのことにも事件のことにも、一切自分たちの言葉としては直接触れていないが、あくまでも視聴者の言葉として断片的に匂わせる。完全無視ではなくユーモアで昇華。この動画は現在までに約3700万回超の視聴を記録し、BBCには「クレバー」と評価された。
