スイスと日本の産業別労働分配率を見ると、多くの産業でスイスの労働分配率は日本よりも高いことがわかる。なおここでの労働分配率とは、生産額に占める雇用者所得の比率を指していて、企業でいえば売上に占める人件費の比率と考えてもらってよい。

 図表3-2をさらに詳しく見てみると、スイスはほとんどの産業で、熟練ワーカーへの分配率が日本よりも高く、高度人材への依存が日本以上に高いことを示唆している。

 スイスの労働生産性の高さ、資本効率(ROE)の高さ、熟練ワーカーへの労働分配率の高さにスイスの「クオリティ戦略」の結果があらわれている。

 スイスは量よりも質を追求する。そしてそれを実現するために高スキル人材を活用する。高スキル人材は国内で育成するだけでなく、スイスの高い賃金水準やクオリティ・オブ・ライフを強みに、世界中から惹きつける、といった循環である。

 前述したとおりスイスと日本は、「見た目の産業構造」は似ているが、その生産性、収益率、人的資本はだいぶ違っている。そしてこのギャップを生み出しているのがクオリティ戦略である。

小国が大国に勝つには
量より質で勝負するしかない

 スイスと日本がある意味共通している点がもう1つある。それは両国ともに、人口が10倍大きな国を隣国に持っているということである。

 スイス(約870万人)にとってのドイツ(約8400万人)、日本(約1億2000万人)にとっての中国(約14億人)である。

 スイス―ドイツ、日本―中国はともに経済的に極めて密接な関係がある。2020年の貿易データを見ると、スイス最大の貿易相手国はドイツ(貿易総額の約22%)、日本最大の貿易相手国は中国(貿易総額の約24%)だ。

 経済的には補完関係でもあり競争関係でもある。そしてスイスのクオリティ戦略は、まさにドイツを筆頭とした欧州大国に対する経済面での差別化戦略といえる。

 ドイツはスイス同様、製造業の存在感があるが、スイスとしては、ドイツに量もしくは汎用品で勝負するのはナンセンスだ。

 通貨のスイスフランが強く、ドイツに比べて物価も賃金水準も高いスイスにとっては、高付加価値品やキーコンポーネントに集中しつつ、市場をグローバル化していくのが理にかなっている。