数人の子どもたちが床に直接、画用紙を広げてお絵描きを始めました。夢中になって描くうちに、クレヨンが画用紙からはみ出し、床にも色が付いています。別の場所では、スナックを食べ散らかしたり、使った遊具が部屋の隅に無造作に転がったりしています。
もちろん、そこは無法地帯ではありませんでした。しかし、私が日本の幼稚園や保育園で当たり前のように見てきた「生活習慣」に関する細やかなルールや指導が、ほとんど見当たらなかったのです。
「お絵描きは机の上でしようね」「使ったものは元の場所に戻そうね」「食べ終わったらきちんと片付けようね」。日本では、集団生活の第一歩として、ごく自然に教えられるこれらの習慣。それが、世界最先端の教育を実践するこの場所では、創造性を発揮することに比べ、優先順位が低いように見受けられました。
この光景は、私にとって大きな驚きでした。そして同時に、ある確信が胸に込み上げてきたのです。「日本人が大切にする生活習慣の教え、つまり『しつけ』は、世界最高レベルだ」と。
日本の幼児教育が何を大切にしてきたか
「自由」か「規律」か教育観の違い
スタンフォードのプリスクールが目指すのは、間違いなく「個の確立」と「イノベーションの種を育むこと」でしょう。ルールや常識に縛られず、自由な発想で新しいものを生み出す力。そのためには、幼少期から「こうあるべき」という枠にはめるのではなく、子ども自身の探求心を尊重することが重要だと考えています。
その教育方針は、グーグルやアップルといった世界的な企業を生み出してきたシリコンバレーの土壌を考えれば、非常に合理的であり、素晴らしいものであることに疑いはありません。
一方で、日本の幼児教育が何を大切にしてきたかに目を向けてみましょう。それは「和の精神」であり、「集団の中での調和」です。自分のやりたいことをやる自由と同じくらい、他者への配慮や、共有空間を気持ちよく使うためのルールを重んじます。
整理整頓・掃除
日本では、園児たちが自ら使ったおもちゃを片付け、自分たちの部屋を掃除することが珍しくありません。これは単に身の回りを綺麗にするだけでなく、「次に使う人のことを考える」という他者への配慮や、「自分のことは自分でする」という責任感を育むための、非常に重要な教育活動です。
挨拶と礼儀
「おはようございます」「さようなら」「ありがとう」「ごめんなさい」。これらの挨拶は、円滑な人間関係を築くための潤滑油です。相手の存在を認め、敬意を払う。この習慣が、社会性の基礎を形作ります。
食事のマナー
「いただきます」と「ごちそうさま」には、食材となった命や、食事を作ってくれた人への感謝の気持ちが込められています。また、なるべく食べ物をこぼさずに食べることも、作ってくれた人や周りの人への敬意の表れとして大切にされています。
これらは、決して子どもたちを画一的な人間にするための窮屈なルールではありません。むしろ、人が社会的な存在として、他者と共存しながら豊かに生きていくために不可欠な「土台」を築くための、先人たちの知恵の賜物だと私は思います。