その人の発達特性をしっかりつかんで、業務の組み立てや仕事のやり方や環境を考えなければ、どんなに仕事を替えても新たな困難が生じます。

 ですから、氷山モデル、つまり「見えている現象」と「背景にある特性」とをしっかり区別しながら理解する視点が必要なのです。

 Aさんの場合、「相手の気持ちや意図を直感的に読み取ることが苦手」という特性がありました。「潜在的了解の困難」=「はっきりしないものを把握するのが苦手」という特性です。

 つまり、「水面下の氷山」がこの「相手の意図のくみ取りの難しさ」だったということです。

 これを本人やサポートする側が理解していれば、「相手の気持ちをくみ取る力が必要ない業務」を中心に考える、という戦略が立てられたはずです。

 これが、氷山を取り巻く「海水」という環境調整です。

 どのような環境に置かれるかによって、見えてくる氷山(=現象)は大きくもなれば小さくもなります。その人の特性を理解したうえで、より働きやすい環境を整えていくことがとても重要なのです。

発達障害とは
うまく付き合っていくもの

 職場の上司や人事労務の担当者からよく聞かれる質問に、「発達障害であることを本人にどう自覚してもらえばよいのでしょうか」「どうすれば専門機関に受診してもらえるでしょうか」といったものがあります。

 こうした質問が出る背景には、「発達障害であることを本人が認識し、診断を受ければ、その後の行動が改善されるのではないか」という期待や思い込みがあるようです。

 他の多くの病気の場合、病院を受診して診断が下されると、引き続いて治療の提案があるというイメージが一般的です。そのため、「もしかして発達障害かも?」と感じた際に、すぐに「では病院へ」「診断を受けてもらおう」と考えるのは、ある意味自然な流れかもしれません。

 しかし、発達障害の場合、診断を受けたとしても必ずしも治療が伴うわけではありません。そもそも、発達障害に対しては「治す」というよりも、「どのようにうまく付き合っていくか」「どんな工夫や支援が必要か」といった視点での対応が基本となります。