井深らは終戦直後の会社設立趣意書に「自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設……」と宣言している。井深は1997年に死去しているが、この思いは実現されているだろうか。
GHQと渡り合った白洲次郎や
経団連会長の筒井義信も
日本生命保険の前会長・筒井義信(1954年生まれ)は、2025年5月から日本経済団体連合会(略称・経団連)の会長に就いている。神戸高校を経て京都大経済学部卒。日生の生え抜きで2011年に社長、18年に会長になり、25年3月からは特別顧問となっている。
大手企業を中心に構成される経団連は、財界3団体の中でもっとも影響力が強く、その会長は「財界総理」と称される。筒井がこのポストに就いたのは、いささか異例だった。
経団連会長ポストは製造業出身の経営者が就くのが暗黙のルールになっており、金融界出身者が就いたのは筒井が初めてだ。前任の十倉雅和(兵庫県立西脇高校卒)は住友化学出身、その前の中西宏明(東京都立小山台高校卒)は日立製作所出身だった。
株式非上場企業である日生出身であることも異例だ。また25年には、日生から三菱UFJ銀行に出向していた社員が、同行の内部情報を無断で持ち出していた問題が表面化した。
大蔵事務次官をした松下康雄は、太陽神戸銀行頭取などを経て、日本銀行の第27代総裁になった。1997、98年の金融危機に十分対応できず、日銀の不祥事も発覚して引責辞任した。
住友電気工業社長をした亀井正夫は、国鉄再建監理委員会委員長などもした。
実業家という枠にとどまらず、敗戦後の復興期にオピニオンリーダーのような役割を果たした白洲次郎は、旧制神戸一中が誇る個性的な人物だ。英ケンブリッジ大に留学、元首相吉田茂(旧制東京私立正則尋常中学・現正則高校卒)の側近として連合国軍総司令部(GHQ)と渡り合い、経済安定本部次長、貿易庁長官、東北電力会長などを歴任した。
妻の白洲正子(東京私立聖心語学校・現聖心インターナショナルスクール中退)はハイソな趣味人で、この20年余、夫妻を称賛する書籍が何点も出版され、テレビドラマにもなった。







