機能ではなく体験で勝つ
持続的な差別化のカギは「非代替性」

 ここまで、比較表で勝てない理由と、機能追従が限界を迎える背景を見てきました。では、何が持続的な差別化を生むのでしょうか。その答えの1つが「非代替性」です。つまり、「この体験でなければならない理由」を顧客に感じてもらえるかどうかです。

 ハードウェアの性能やスペック、そして便利機能の多くは、時間の経過とともに他社も追いついてくる傾向があります(もちろん圧倒的な技術が知財などで守られている場合は例外です)。ところが、体験の全体設計やブランドとの関係性は、単に機能をコピーするだけでは再現できません。同じタッチ操作のスマホでも、iPhoneのように直感的で一貫性のあるUI、アプリを通じたエコシステム、サポートや店舗体験を含めた顧客接点のすべてが組み合わさることで「iPhoneでなければ」という非代替性が生まれるのです。

 狩野モデルの観点から見ても、当たり前品質や一元的品質は多くの場合、いずれ陳腐化していきます。静粛性や燃費性能のように、一時的には差別化になっても、やがて業界全体で水準が底上げされ、当たり前品質に近づいていくのです。そこで重要なのは、各社が独自に創り出す魅力品質を、単なる機能の追加ではなく、体験や物語として提示することです。そして、その魅力が当たり前になったときに備え、次の独自価値を生み出す準備を続けることが求められます。

 非代替性とは静的な状態ではなく、常に更新され続けるプロセスです。「他社では代替できない体験」を磨き上げ、それをブランドの核として積み重ねる。その繰り返しが、長期にわたり顧客の支持を集める基盤になります。

 繰り返しになりますが、比較表のマス目を埋める発想では持続的には勝てません。もちろん、人気機能を模倣することが常に悪いわけではありません。同じターゲット層を狙っていて、解決すべき課題も共通している場合には、模倣が合理的な選択になる局面もあります。しかし、ターゲットや課題が異なるのに追随すれば、無駄なコストやUXの複雑化を招きます。したがって、模倣か差別化かの判断は「誰の、どんな課題に応えるのか」という起点に立ち返って行うべきです。

「比較表では戦えない」というのは単なるスローガンではなく、事業戦略上の必然です。自社ならではの解決策を磨き、魅力品質が当たり前になるプロセスを前提に次の一手を仕込む。そして必要に応じて模倣も戦略的に取り入れる。こうした柔軟なバランス感覚こそが、持続的な競争優位を築く上で欠かせないのです。

(クライス&カンパニー顧問/Tably代表 及川卓也、構成/ムコハタワカコ)