1990年代あたりから、友だちに対して率直に本音で語るのではなく、空気を読む人が増えたと指摘されるようになりました。選び選ばれる関係を生きる若者は、本音を言って場がまずくなるより、空気を読んで場を維持することを選ぶのです。

 このような友だち関係を社会学者の土井隆義さんは「友だち地獄」と呼んでいます。

「コスパ&タイパ重視思考」は
さまざまな可能性を見落とす

 第二に、さまざまな可能性を見落とす恐れがあります。コスパ、タイパ、合理的な判断と言っても、何が本当に合理的で、コスパがいいのかは、実のところあまりはっきりしません。

 当時は無駄だと思っていたけれど、時間が経ってみると、あのときの経験はとても重要だった。そのような気づきを得る機会は、人生では少なくありません。無駄足だと思って行った懇親会が、その後、大きな仕事につながるということもあるのです。

 大きな発明や発見は、一見無駄だと思われるところから始まることも少なくありません。ノーベル賞級の発見の多くは、誰もが見向きもしない研究から始まったと聞きます。

書籍『自己決定の落とし穴』(石田光規 ちくまプリマー新書、筑摩書房)『自己決定の落とし穴』(石田光規 ちくまプリマー新書、筑摩書房)

 時点時点で物事の善し悪しを判断し、「悪い」と判断したものを切り捨てていくと、結果として大事なものを見落とす可能性があります。

 さらに言えば、そうした可能性の見落としが、社会や個人の耐久力を低下させることもあります。

 私たちが、今後起こりうるすべてのリスクを想定できればよいのですが、そんなことは恐らく不可能でしょう。生きているかぎり、私たち、そして人類は想定外のリスクに直面します。

 合理的にリスクを判断し、狭い部分だけに着目して決定をしていけば、今ある問題や物事に効率的に対処できるかもしれません。しかし、そのような決定手続きは、効率的である一方、大きな変化に対応できない、というもろさを抱えます。

 ゆえに、私たちの社会には、合理的に物事を決めるだけでなく、合理的でない決定を尊重する工夫も必要なのです。