つまり、株価が高過ぎると評価されないための条件は、次の通りだ。

 PER=時価総額/当期純利益=株価/1株当たり純利益<15 (1)

(1)式が示すように、PERは、「投資家が投資をする場合、投資をした企業が1円の純利益を上げるために、株式購入にいくら払えばよいかを示す指標」だ。なぜこのような基準が適切なものとされているのだろうか?その理由は次の通りだ。

 株式に投資した人は、将来時点で、配当や株式の値上がり益という形で利益を得る(利益はプラスにもマイナスにもなり得る)。

 ところで、将来における配当や値上がり益は、将来における企業の純利益によって決まるだろう。そして、将来の純利益は現在の利益と一定の関係を持っているだろう。

 したがって、株式投資をした人が将来得る利益は、現在その企業が得ている利益と一定の関係にあると考えることができる。

 このため(1)式や(2)式では、現在の利益と現在の株価がどれだけの比率でなければならないかを要求しているのだ。

 なお、(1)や(2)の式の数値は経験則に基づくものであり、理論的な根拠はない。

「15倍程度」というのは、経験から導かれた数字だが、なぜ、このような評価が適切といえるのだろうか?これを理解するには、(1)式の各項の逆数を取って、次のように考えるのが分かりやすい。

 すなわち

 当期純利益/時価総額=1株当たり純利益/株価>0.067 (2)

 これが過去の経験から妥当な基準と考えられている。

 この場合、当期の利益だけでは判断がなされていないことに注意が必要だ。将来の利益の見通しも、株価を通じて判断に影響している。

PER基準を上場企業全体に拡張
やはり高過ぎる株価、正当化はできず

 PERは、個々の企業の株価の判断に用いられる基準だが、これを上場企業全体に拡張することを考える。

 この作業を行うには、上場企業全体についての時価総額のデータと、利益に関するデータが必要だ。上場企業の時価総額のデータは、日本取引所グループのサイトで得られる。他方、資本金10億円以上の企業の利益のデータは、財務省「法人企業統計調査」で得られる。そして、ここでは、「上場企業」と「資本金10億円以上の企業」を同一視することとする。

 具体的な方法は、次の通りだ。

 まず、(2)式を上場企業全体に拡張して、株価が正当化される条件を、次のように設定する。

 純利益/時価総額>0.067 (3)

 ところで、法人企業統計調査では、年報では経常収支と純利益のデータが得られるが、四半期データでは経常収支のデータしか得られない。そこで、以下の手続きによって(3)式を、経常利益を用いた式に書き換えることにする。

 まず、2024年度において経常収支=82.4兆円、純利益=68.9兆円だ。つまり、

 純利益/経常収支=0.836 (4)

 そして、純利益={経常収支・(純利益/経常収支)}

 を(3)に代入し、(4)を用いる。すると、次のようになる。

 時価総額/純利益=時価総額/{経常収支・(純利益/経常収支)}

 =時価総額/(経常収支×0.836)=(時価総額/経常収支)/0.836 (5)

 株価が正当化される基準(1)を再掲すると、

 純利益/時価総額>0.067 (2)

 これに(5)を代入すると、

 0.836/(時価総額/経常収支)>0.067

 つまり、株価が正当化される基準は、次の通りだ。

 時価総額/経常収支<0.836/0.067=12.5 (6)

 実際の値を見ると、24年は、時価総額=959兆円、経常収支=82.4兆円なので、時価総額/経常収支=11.6であり、(6)の基準を満たしていた。つまり、利益との関係では、株価が高過ぎるとはいえなかった。

 しかし、株価があと1割上昇すれば、時価総額が1割増える。そして、経常収支が変化しなければ、時価総額/経常収支は12.8になって、(6)式を満たせなくなる。

 図表1、2に示したデータを見れば、現在の株価は、株価のファンダメンタルズ分析の観点からして高過ぎると評価されることになる。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)