「脳には太い血管から細い血管まであり、例えば太い血管に血栓が詰まれば脳梗塞となって、深刻な事態につながりかねません。けれども裏を返すとそれは、“すぐわかるサイン”。一方で、細い血管に脳梗塞があっても、日常生活に影響しないことも少なくありません。実は歩幅が狭い人、小刻み歩行の人には、すでに脳梗塞が生じているリスクが高いことを示す報告もあるのです」

 歩くスピードは「歩幅」と「歩調(テンポ)」の掛け算で決まる。つまり脳梗塞があることによって歩幅が狭くなり、歩くスピードが遅くなる(歩き方に現れている)可能性が高いということだ。

歩幅が狭い人は
脳が萎縮している可能性

 歩幅の狭さは、「脳卒中発症のリスク」だけでなく「脳萎縮」が生じている可能性もあるという。

「脳の表面をふち取るような神経細胞の層を『灰白質』と呼びます。白黒のX線写真で灰色に映る部分ですね。大脳の表面部分、『大脳皮質』にはいろいろな領野があるのですが、運動の司令塔である『大脳皮質運動野』に萎縮が生じると歩幅が狭くなることがわかっているのです。つまり歩幅が狭くなる、歩行速度が遅い人では、脳が萎縮している可能性があると考えられます」

歩幅の狭い人は
約3倍も認知機能が低下しやすい

 さらに認知症リスクにも関係する。谷口研究員は国内で65歳以上の高齢者、600人以上を対象に「歩幅」を調べ、最長4年にわたり認知機能の変化を追跡調査した。その結果、「歩幅の狭い人は広い人に比べて約3倍も認知機能が低下しやすい」という結果が得られたのだ(※2)。

「歩くスピードは昔から研究され、特に高齢者の場合は『歩くスピードが速い人は転倒しにくく余命が長い』ことがすでに示されていました。ですがなぜ歩くスピードが健康状態と関係するのかはよくわかっていませんでした。歩くスピードは歩幅と歩調の掛け算で決まりますから、私たちは2つの要素を分けて調査を行ったのです。当時は、検査者が2人1組になり、対象者の足の動きを観察しながら距離と歩数を計測するという原始的な方法でした」

 8メートルを10歩で歩けば、1歩80センチの歩幅で歩いていることがわかる。谷口研究員らは同時に詳細な認知機能検査を実施した。その後も毎年同様に検査を行ったという。

「そして歩幅や歩調のデータと認知機能の変化の関係を調べた結果、歩幅が広い人に比べ歩幅が狭い人の認知機能が低下するリスクがとても高かったのです。つまり脳の働きと関係するのは『歩幅』でした。その後の研究で、歩幅の狭さは認知症の発症にも深く関係していることがわかっています(※3)」

(※2)https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22389458/
(※3)https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28049615/