人手不足で物価上昇、実質の産出高は増えず
「サナエノミクス」の欠落、供給面の制約改善

 いまマンデル=フレミングモデルが議論の対象となっているのは、拡張的な財政政策が円高をもたらすかどうかについてだ。

 現在の日本では、財政拡張が行われているにもかかわらず、そして長期金利が上昇しているにもかかわらず、円高にならず、逆に顕著な円安が進行している。これはマンデル=フレミングモデルが主張するのとは正反対の事態だ。

 なぜこうした現象が起きているのか?

 例えば、財政拡大がインフレ期待を高めると、名目金利は一定でも実質金利は低下し、円安圧力が強まることや、完全な資本移動のもとでも、為替リスクや規制、地政学的要因などで金利差だけで資本が動くとは限らないなどの要因もこれまで指摘されてきている。

 現状の日本経済に即してこのモデルが必ずしもあてはまらないのは、マンデル=フレミングモデル(あるいは、その基礎となっているIS=LM分析)が、大きな仮定の上に成り立っているからだと筆者は考えている。

 それは、物価水準が一定という仮定だ。そして、供給は無限に弾力的であるという仮定だ。つまり、経済に供給制約がなく、経済規模を決めるものは総需要だとする仮定だ。

 しかし、現在の日本を考えた場合に、この仮定は大いに問題だ。現在の日本は、供給面の厳しい制約に面している。特に労働力不足のために、需要が拡大すると物価が上昇してしまう。

 そして、潜在成長率はほとんどゼロだ。このような経済で、需要拡大策を行えば、物価が上昇する。そして実質の産出高は増加しない。金融政策によっても財政政策によっても、同じことだ。

 前回の本コラム「高市政権の『総合経済対策』は『高市トレード』から『トリプル安』への転機!?財政拡張に警戒感強める市場」(2025年12月14日付)で指摘したように、現在の日本にとって重要なのは、需要を増やすことではなく、長期的な潜在成長率を引き上げることだ。そのために供給面の条件を改善する必要がある。

 そうした経済の分析のために必要とされるのは、物価上昇と供給制約を明示的に考慮したマクロモデルだ。

 マクロ経済学では、総需要だけでなく、総供給をも考慮した「総需要・総供給のモデル」が構築されており、すでに教科書レベルのものとなっている。日本経済の分析のためには、IS-LM分析やマンデル=フレミングモデルのような総需要のみを対象とするマクロモデルではなく、総需要・総供給のモデルを用いて考える必要がある。

 現実の経済政策も同じだ。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)