強面風の男が面接相手だ。
「今なにやってんの?」
「ホストです。月に100万ぐらい稼いでます」
「でも女から金もらってるんだろ。男というのは自分の力で稼ぐもんだぞ」
なぜかその言葉がよし彦の心に響き「この人についていこう」と思えた。この面接相手は後に闇金組織の会長となる男だった。会長はヤクザと兄弟分であった。
よし彦と同じころに働き始めた同僚10人ほども、後に暖簾分けをされ、それぞれが店舗を持つ優秀なグループだった。よし彦がいた闇金会社は、最盛期には全国1000店舗というとてつもない巨大組織に発展した。闇金組織なので正式な社員の人数はわからないが、例えば、1店舗に3人いたとしても、社員3000人の大企業だ。
社員教育はヤクザさながらだった。会長が入ってきたら直立不動で腰を90度折り、あいさつをした。会長が帰るときも姿が見えなくなるまで頭を下げた。食事をごちそうになったら、翌日の朝一番に電話でお礼を伝えるのが当たり前だ。
かつて闇金は都の認可業者だった
金利5割でも客が流れ込んできた
ここで貸金・闇金業界を整理しておこう。合法である消費者金融とは、サラリーマン金融ともいわれ、一般の個人に融資を行う業者を示す。いわゆるアコムやプロミスといった大手が半数以上を占め、その下には街金という中小の貸金業者がいる。ここからが違法だが、貸金業の登録をしなかったり、高すぎる金利の業者をまとめて「闇金」と称している。よし彦は1990年代の業界について詳細を語ってくれた。
「1998年ぐらいだと、アコムやプロミスといった大手は30%前後の金利をとっていましたね。法律での金利上限は40.004%で、これは中小の街金の金利です。そこで借りられなくなった人たちが闇金を頼っていました。その後、消費者金融ブームがあり、借金を返せない人が続出します。社会問題となり、2000年の出資法改正で、金利上限は29.2%に下げられました。すると、大手、中小は貸し渋りをして、闇金にお客がどっと流れ込みます。そのころから闇金が一気に儲かるようになったんです」







