サヒルは答えを用意していた。マスクがインタビューの中で、2007年には月にわずか3日しかテスラに時間を割いていなかった、と語るのを見たのだという。

 そして、マスクは同時にいくつもの独立したプロジェクトを進めるという、驚異的な能力を示してきたではないか、と。さらにマスクには、大胆な製品アイデアをホワイトペーパーで発表した前例があった。2013年、彼は特に大々的な発表もなく、「ハイパーループ」と名付けた新しい輸送システムの詳細を記した58ページの文書を、ネット上に公開していた(注8)。

サヒルはマスクの功績を
世間に認めさせたい

 なるほど。しかしマスクはそれを自分の名前でしていたし、謙虚でもなかった。

 では、もし彼がビットコインの生みの親であるなら、なぜナカモトではないと否定するのか?サヒルにとって、それは矛盾ではなく、マスクの賢明さを示すさらなる証拠だった。

「マーケティングを必要とする普通の会社とは違って、ビットコインは特に初期の段階において、創設者の正体が不明という神秘的なオーラをまとっていたからこそ、より強く、より速く成長することができたんだ」

 そして、なぜサヒルはマスクの秘密を世界と共有する必要があると考えたのだろうか?「だって素晴らしい話じゃないか」とサヒルは言う。

 彼は、マスクが正当な栄誉に浴することを望んでいた。サヒルの目標は、「マスクに功績を認めるよう求める、十分な世論」を喚起することだった。

 サヒルの説が正しいかどうかは判断できなかったが、彼の執着心については理解できた。

 ビットコインは最近(編集部注/2024年3月)、1コインあたりの価格が約7万ドルという過去最高値を記録し、流通する全ビットコインの市場価値は1兆ドルを超えていた。エルサルバドルはビットコインを法定通貨として認めた。

 2011年には、ナカモトの正体を誰も知らないというのはそれほど大きな問題ではなかった。しかし、今になってもなお誰にもわからないというのは、一体どういうことなのだろうか?

 それから6カ月後、私は仕事を辞めた。

 10年前に魅了された謎を解明するために、フルタイムで調査に専念することにしたのだ。

(注8)Elon Musk, “Hyperloop Alpha,” Tesla website, August 12, 2013.