元ゴールドマン・サックス、投資家、ラジオDJ…華麗な経歴から「タイパ・コスパを極めた冷徹な効率主義者」と見られがちな田中渓さん。しかし、彼が最も大切にしているのは、意外にも「非合理な雑談」「手作りの誕生会」だった――。なぜ、第一線で成果を出し続けるリーダーほど、部下に働きかける前に、「自分を整える」ことを大事にするのか? 『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』(ダイヤモンド社)が話題の櫻本真理さんが、トップランナーのセルフマネジメント術に迫ります。

元ゴールドマン・サックスの田中渓氏が、意図的に「非合理な行動」をする深いワケ写真はイメージです Photo: Adobe Stock

自分の機嫌は自分で取る

櫻本真理さん(以下、櫻本) 田中さんとお話していると、なんか気持ちが明るくなるというか、田中さんご自身が精神的にすごく安定しているのが伝わってきます。

 ゴールドマン・サックスで活躍されたのち、独立して企業投資・不動産投資で実績を上げながら、ラジオのDJやベストセラー著者としても活動されるなど、田中さんの生き方や考え方に憧れている人が多いんじゃないかと思います。

 そこで質問なのですが、田中さんが田中さんであるために、自分の心理的リソースの使い方・生み出し方をどのようにセルフマネジメントしているのでしょうか?

元ゴールドマン・サックスの田中渓氏が、意図的に「非合理な行動」をする深いワケ櫻本真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。

田中渓さん(以下、田中) はい。多分、原理原則としてあるのは、自分のものさしをもって、自分の機嫌は自分で取ろうということだと思います。

 ゴールドマン・サックスで、すごくいい経験もすごくきつい経験もするなか、いつの間にか人生観のようなものが変わっていたんです。物欲もなくなりましたし、他人と比較するというのもなくなりました。20代の頃は、他人に対してマウントをとるみたいなところがなかったわけでもないんですが、そういうのもなくなったんです。

 そうすると、すごく気楽になりました。でも、1日のなか、1週間のなか、1ヵ月のなかに、精神状態の起伏はあるので、その振れ幅もなるべく小さくしたいと思って、「習慣化」というのを意識的にやりました。

 たとえば、朝3時45分に起きて走るとか、そうした毎日毎日自分とのちっちゃな約束を守っていくと、それができたときにすごく満たされた気持ちになる。不安、不満、怒り、疲労感みたいなものが消えていって、心理的リソースが回復するんです。そして、気持ちの振れ幅も小さくなって、精神的に安定した状態を維持することができるんですよね。

櫻本 なるほど、田中さんは朝3時45分に起きて、雨でも雪でも台風でも、毎日必ず25kmラン、60kmバイク、7kmスイムのいずれかをやるという、かなりハードな習慣をお持ちですが、必ずしもそんなにハードな習慣でなくてもいいんですよね?

田中 もちろん、そうです。人間が幸福かどうかを決める要素のうち、「遺伝」が50%で、出世するとかいい会社に勤めているなどという「環境」は10%程度、残りの40%は「意図的行動」と言われています。つまり、幸せになるために自分でコントロールできる最大の要素は「意図的行動」ということです。

元ゴールドマン・サックスの田中渓氏が、意図的に「非合理な行動」をする深いワケ田中 渓(たなか・けい)
1982年横浜出身。上智大学理工学部物理学科卒業。学科首席として同大学院に進学。ゴールドマン・サックス証券株式会社に2007年に新卒入社。同社でマネージング・ディレクターに就任、投資部門の日本共同統括を務め、2024年に同社を退社。現在は、数千億を運用するより少数精鋭の投資会社にて不動産投資責任者を務める。私生活では365日朝3時45分に起床する生活を6年以上続け、毎日25kmランニング、60kmの自転車、7000mのスイムのいずれかをこなし、強靱な肉体と精神力、一生の財産にもなる「習慣化」の力を手に入れる。著書に、『億までの人 億からの人』(徳間書店)。

 そして、この「意図的行動」とは、人に親切にするとか、人間関係を育てるとか、身体を動かすとか、感謝の気持ちを伝えるとか、自分の価値観に沿った「習慣的行動」を継続することであり、それによって、幸福感が生まれてくるそうなんです。

 だから、幸福になりたければ、「自分にとって何が価値があるのか?」ということとしっかりと向き合って、自分にとって価値のある「行動」を習慣化してくことが大事なんだと思います。

リーダーはまず自分の心を満たさなければならない

櫻本 それはとても重要なお話ですね。
『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』でも書いたんですが、よいマネジメントをしようと思ったら、部下に働きかけるよりも前に、まず、リーダー自身の心理的リソースが満たされていなければなりません。自分が疲弊しているのに、部下によい影響を与えることなどできないですからね。

 そこで問題になりのが、「どうやって自分を満たすのか?」ということですが、いま田中さんがおっしゃったことに、ひとつの答えがありそうですね。リーダーが自分の価値観に沿った「習慣」を身につけることで、自分のなかに幸福感を生み出していく。これは非常に有効なアドバイスだと感じました。

田中 そうですね。あと、「人が嫌がることはやらない」「相手の気持ちになって考えましょう」ということも、精神を安定させるうえでは非常に重要だと思います。

 当たり前のことなんですが、相手が嫌がることをやったら、それは必ずブーメランみたいに自分のところに返ってきます。そして、心が乱されるんです。これは小学生が教わるようなすごく基本的なことですが、これを実行するのは簡単なことではありませんよね?

櫻本 そのとおりですね。特に、仕事がたいへんだったり、トラブルに見舞われたりして、心理的リソースが消耗しているときには、ついつい「相手の気持ち」まで考える余裕を失いがちですよね。その結果、相手が嫌がることをやってしまって、それがブーメランとして返ってくる。そして、さらに心理的リソースを奪われていく……そういう悪循環にはまらないためにも、この基本的なことを徹底しなければならないですね。

意図的に「非合理な行動」をとる理由

田中 あとは、これも『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』にも触れられていましたが、意図的に非合理な行動をとることも意識していますね。

 たとえば、僕は雑談が好きなんですよ。だから、会社のなかでも、フラフラと社員たちのほうに歩いていって、話しかけたりします。「邪魔かな?」とちょっと躊躇する気持ちもあるんですけど、気がついたら1時間くらい雑談してるときもあるんです。

 まぁ、目の前の仕事を進めるという観点で考えれば、まったく無駄な時間なんですが、雑談でパッと盛り上がることで心理的な距離がすごく縮まりますし、そんな雑談のなかで、彼らが日頃思っているちょっとしたオフィス環境の不満とかを漏らしてくれたりもします。こういうのが、長い目で見れば、会社にとってすごく大事だと思うんですよね。

櫻本 ものすごく大事なことだと思います。仕事の効率を上げるために大事なのは、一緒に働く者同士の信頼関係です。信頼関係があるからこそ、コミュニケーション・コストが下がり、協力関係が生まれることで、生産性が上がっていくのです。

 でも、失礼ながら、田中さんというと、タイパ、コスパを極めた人というイメージがあったら、「意図的に非合理な行動をとる」とおっしゃるのが、すごく意外でした(笑)。逆に言えば、自然に「心理的リソース」を含む「お金や時間ではない資源」を意識しておられるということなのかもしれません。

田中 よく言われます(笑)。多分、世の中の88%くらいの人が僕のことをそう思ってるんじゃないですかね……。超効率主義者で、人の心を持ってなくて、サイコパスで……というイメージ(笑)。

 もちろん、タイパやコスパを高めるための工夫は惜しみませんが、それだけでは幸福感は得られませんし、そもそもビジネスだってうまくいかないですよ。

 たとえば、僕はいま20人くらいのちっちゃい会社を経営していますが、楽しく働ける職場にしたいと思って、一見非効率なことをやっていますよ。

 たとえば、毎月月末の金曜日は午後休にして、メンバーの誕生会をやっています。僕が甘いものがめちゃくちゃ好きだから、誕生日ケーキも僕のこだわりで注文しています。僕が甘いものがめちゃくちゃ好きだからということもありますが、誕生日のメンバーに伝えたいメッセージは「これ」だから、それに合ったケーキは「これ」という感じで注文するんです。

 あとは、うちの会社は地下一階にキッチンがあるので、そこにシェフを呼んで食事会をやったりとか。僕自身がみんなで楽しくやりたいから、趣味でやってるようなものなんですが、そのほうがみんなも元気になって、コミュニケーションも活性化してるような気がします。

櫻本 そうなんですね。すごく素敵なお話です。社員さんたちの心理的リソースを増やすために、社長である田中さんが率先して取り組むことで、きっと目に見えない組織力がかなり強化されてるんじゃないかと思います。

田中 そうだと嬉しいですね。ゴールドマン・サックスを退職して以降、僕の判断基準は、どうすれば心理的リソースが増えるかというところに置いています。心が満たされて、幸福を感じられているからこそ、世の中に価値を提供するために全力を投入することができると思うからです。サイパを最重視することで、心理的リソースが満たされれば、タイパやコスパを高める知恵や努力が自然と生まれると信じているんです。(おわり)

(本対談は櫻本真理さんの著書『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』について語り合っていただいたものです)

連載第1回 https://diamond.jp/articles/-/380108

連載第2回 https://diamond.jp/articles/-/380110

連載第3回 https://diamond.jp/articles/-/380112