長澤 たとえば、多くのものづくり企業において、知財を扱う部門は、元々は特許部であり、特許部は大抵R&D(研究開発)部門の下にあります。あるいは、知財は訴訟や契約に絡むことから法務部の下に置かれている会社もある。つまり、経営戦略に直接関係のないところで、いまだに「技術の権利化を担当する部署」程度の扱いにとどまっていることが多いようです。「知財戦略を経営戦略と一体的に考えるべき」だと言われながら、知財部門は会社全体を見ることができず、経営的価値に踏み込んだ判断ができない状況に置かれているケースが多いのです。
そうした組織では、「特許を何件出願したのか」「何件登録できたのか」「どれだけのライセンス料を得たか」といったKPI(重要業績評価指標)のみが重視されてきました。確かに多くの特許を保有すればライセンス料は期待できますが、それだけのために知財部門があるわけではないのです。
特許出願数トップを競う
キヤノンが知財戦略に力を入れた理由
――長澤さんはキヤノンの知財本部長や経営陣として長らく同社の知財戦略を牽引されました。キヤノンは日本企業の中では長年特許出願数1位を競っています。現在、企業の有効特許件数ランキングでは、1位が韓国のサムスン電子、2位が中国のファーウェイ、3位が日本のキヤノン、4位がパナソニックHD、5位がトヨタ自動車です。キヤノンが知財戦略に力を入れてきた理由は何でしょうか。
長澤 キヤノンが1968年にゼロックスの特許を使用しない最初の複写機を発表した際、ゼロックスはキヤノンの製品を差し止めするために動きました。巨額の設備投資もしているし、「万一差し止めされて複写機ビジネスができなくなったら会社がもたないかもしれない」というところまで、追い詰められた過去があります。結果として複写機ビジネスを立ち上げることができたという経緯があり、この経緯が、キヤノンが知財を重要視するルーツです。時の特許本部長は、その後、知財責任者として、初めての専務取締役になり、それ以後の知財責任者も役員を務める文化を作りました。
重要なのは、出願件数が多いからといって、知財戦略が優れているわけではないということです。経営方針はほとんどの場合中期経営計画で策定されますが、知財部門の仕事は中期経営計画よりも先を見ること。たとえば10年以上の長期の経営戦略を考え、それに応じたR&D戦略を踏まえて、既存事業・新規事業をどうするかといった長期経営の方向性を理解した上で、その方向に資する特許、商標、意匠の権利化、ライセンスや訴訟戦略といったものを考えるのが、本当の意味での知財の仕事なのです。経営戦略の中に溶け込んでいない知財戦略は、十分に機能していないと言えます。







