一時は米GMとも提携。「GMは鯨、スズキは蚊。鯨に飲み込まれずに高く舞い上がれる」との名言を残した。1999年撮影 Photo:Kurita KAKU/gettyimages
マルチ・スズキは現在もインド市場で圧倒的なシェアを誇る。2006年撮影 Photo:The India Today Group/gettyimages
「俺は中小企業のおやじ」
トップダウンは現場に降りていくこと
1980年代初頭にインドに進出したのも、このアルトがあったからこそ。「どこかで1番になりかった。皆の反対を押し切った」とアルトをベースにした「マルチ800」を投入。これがインドの国民車になり、現地子会社マルチ・スズキは圧倒的なシェアを獲得して今に至る。
一国のモータリゼーションを牽引しながらも、「俺は中小企業のおやじ」と言い続けた鈴木修氏。「飛騨の農家に生まれて、鈴木家の婿養子になった。叩き上げだから、現場が一番大事」といつも言っていた。「トップダウンというのは号令でなく、トップが現場に降りていくことなんだよ」とも。
スズキの国内販売の強みは、いわゆる業販と呼ばれる整備業者などの「副代理店販売網」(サブディーラー)を築いていることだ。この副代理店の各地域大会に、修氏は必ず顔を出すことで有名だった。筆者が取材を試みると、驚きの光景を目の当たりにした。
修氏は会議後のパーティー会場で、副代理店の「奥さま」たちと自ら乾杯して周っていたのである。
「副代理店があるのは奥さんたちのおかげだよ」とひとこと。なるほど、修さん人気が絶大なワケが分かった。
筆者が知る限り、本人の素顔は庶民的でお茶目な人だった。東京のホテルでインタビューした際、修さんがテーブルにあったコーヒー用の角砂糖のかけらをしきりに舐めている。聞けば、禁煙を始めたばかりとのこと。タバコをやめて以来、甘党だった。
また、若いときは麻雀を記者連中と囲んでくれた。一般的な半荘麻雀ではなく、一回勝負の特別ルールを「これは効率的でいいな」と気に入ったのもムダが嫌いな修さんらしい。







