松本はこのほかにも「〔横田空域の管制と三沢の空域拡大は〕空域全体のバランスの問題として整理し、トータル的な議論としてやっていた」といった証言を集めて、取引関係があったという事実を固めていく。

 その取材の過程で、もう1つの疑惑も浮上する。新飛行ルートの実現によって増える国際線の発着枠(1日当たり往復50便)が米側に優先的に割り当てられたというもので、松本の取材に現役の国交省幹部がこう明かしたのだ。

「横田の管制で合意したことを受け、発着枠の配分で配慮するようにアメリカから明確に言われていた」

 実際、合意の2週間後に、増加する国際線発着枠のうち、半数近い24便を日米路線に割り当てる方針が公表されていた。

『首都圏は米軍の「訓練場」』書影『首都圏は米軍の「訓練場」』(毎日新聞取材班、大場弘行、藤原書店)

 国交省は、三沢基地の訓練空域の拡大や発着枠の割り当て優遇が新飛行ルート実現の見返りだったとは認めていない。だが、米軍が占領時に握った日本の領空権の一部を手放さず、それを日本との取引材料として使ってきたのは間違いない。

 米軍との協議に携わった経験のある国交省の元幹部は松本の取材にこう証言している。

「日本側が米軍の訓練空域の削減を求めても、米軍側が『こちらの空域を広げてほしい』と要求してくる。結果的にバーターでの見直しになっている」「〔日米安保条約が発効した〕1952年以降、空域の問題は貸し借りで来ている。日米同盟が続く限り、日本が完全に管制主権を取り戻すのは難しい」