彼を継いでそのポストに収まる40代と思われる後任者は、「いつでも会社にいらしてください。お聞きしたいこともありますから」と笑顔で語り、公私ともに親しい盟友レイは、「会社に利益をもたらし、立派な子供を育て、素晴らしい家族を築き、人々に尊敬され、尊い友情を結んだシュミットは、生涯をかけて金ではない真の豊かさを手にした」と称賛の言葉を贈りました。

 それでもシュミットは、浮かない顔をしています。

仕事人間ほど
「退職うつ」になりやすい

 翌朝、昨日までと同じ時間に起床したシュミットは、時間を持て余してしまいます。新聞のパズルをやっても、テレビを見ても、まったく面白くない。妻のヘレンはそんな夫の退職後、2人で全米を旅するために購入した大型キャンピングカーのテーブルに朝食を並べ、「この車で思い出を作るのよ。人生の“新たな章”に乾杯」と笑顔を向けますが、シュミットはやはり浮かない顔をしています。

 数日後、あまりの退屈に耐えかねたシュミットは、送別会での後任の言葉を思い出し、スーツを着込んで元勤務先へ向かいます。

「通りかかったから寄ったんだ。質問があったらいってくれ」

 しかし、後任者はあからさまに「用はない」という素振りを見せました。そして、半ば追い出されるように会社を出たところで、彼のために残した貴重な(はずの)資料の山が、開梱もされずにゴミ置き場に積まれているのを発見したのです。

 こみ上げる怒りと、その後の虚しさ――。

 自宅へ戻り、妻に「会社の様子は?」と質問された彼は、「寄ってよかったよ。困っていたところを教えてやった」と見栄を張るのでした。

 定年退職による環境の変化で、うつ状態、あるいはうつ病になってしまう「退職うつ」「定年うつ」と呼ばれる症状が増えています。映画のなかのシュミットのように、これといった趣味もなく、家事と育児は妻任せにして、仕事一筋何十年……というタイプの人に多いそうです。

 僕も人のことは言えませんが、「趣味が仕事」「仕事が趣味」という、いわゆる”仕事人間”から仕事を取ってしまったら、心身のバランスが崩れるのは当然かもしれません。