東大に限っての合格実績を、分析してみよう。開成高校が東大合格者ランキングで初めて全国の高校のトップになったのは、77年で126人(現役・浪人合計)だった。79年も121人でトップだった。
82年に134人が合格、私立灘高校(神戸市)の121人を抜いて3度目のトップとなった。以来、25年までの44年間、連続してトップをキープしている。この間、98年には205人という最高の記録を出している。
開成、灘、筑波大附属駒場高校が、「最強の進学校」と言われている。灘高校は関西にあるため東大一辺倒ではなく、京大にも毎年度、多数を合格させている。よって、東大と京大とを合わせた現役合格者の数を、その年の卒業生数に対する比率で比べてみよう。
25年大学入試における開成からの現役合格者は115人(東大107人、京大8人)だった。25年3月の卒業生数は、396人なので、その比率は29%だった。
同様に灘からの現役合格者は93人(東大58人、京大35人)。卒業生数は214人なので、その比率は、43%だ。
筑波大附属駒場高校からの現役合格者は97人(東大92人、京大5人)で、卒業生数は156人。その比率は62%だ。
国立大医学部医学科の入試で、最難関は東大と京大の医学部だ。25年入試実績でそれを比べてみると、開成は6人(東大理Ⅲ5、京大1)、灘は28人(東大理Ⅲ9、京大19)、筑駒は17人(東大理Ⅲ15、京大2)だ。
東大合格者の総数では開成がトップを独走しているものの、現役合格率や医学部合格者の数などを比べれば、筑駒と灘の後塵を拝していることがわかる。
ノーベル賞の受賞者を、見てみよう。25年12月に、北川進(京都市立塔南高校―京大工学部卒)が化学賞を、坂口志文(滋賀県立長浜北高校―京大医学部卒)が生理学・医学賞を受賞したことにより、日本人の受賞者は累計で30人(米国籍を含む。団体では別に1件)になった。そのうち、01年に野依(のより)良治が化学賞を受賞しており、灘高校卒だ。
しかし、開成、筑駒出身者でノーベル賞を受賞した者は出ていない。いや、国立、公立、私立を問わず、東京の高校を卒業した者でノーベル賞を受賞したのは、都立日比谷高校卒(58年卒)の利根川進(87年、生理学・医学賞)ただ1人しかいないのだ。50~60年代は都立高校全盛時代で、利根川の在学当時の日比谷高校は難関大合格者ランキングでトップを走っていた。
なお出身大学を見ると、野依も利根川も東大ではなく京大卒だった。さらには、北川や坂口がそうであるように、2人とも関西の地方高校卒であり、京大卒だった。
「最強の進学校」である開成、筑駒出身者から、ノーベル賞受賞者が生まれる日が待ち遠しい。(敬称略)
(フリージャーナリスト 猪熊建夫)







