小学校の劇には字幕を投影していただいたり、修学旅行先では、バスガイドの話をノートテイクしてもらうため、現地の要約筆記者をボランティア派遣してもらった。中学校から高校までは、手話サークルなどからノートテイクボランティアを集め、時間が取れる範囲で頑張っていただいた。
卒業式では、小学校の時はノートテイク、中学校の時は舞台の脇の壁に全体投影をした。しかし高校の時は、全体投影を拒否された。言われたのは「あなただけ特別扱いはできない」だった。聞こえない生徒の頑張りさえも否定された気持ちだった。
『難聴を生きる 音から隔てられて』(宿谷辰夫、宇田川芳江、岩波書店)
要約筆記者の仲間たちがいろいろ調べてくれ、モバイル字幕にたどり着いた。PSP(プレイステーションポータブル)に字幕を送信し、手元で読めるよう工夫がされた。先生たちも説得した。長女は同級生と同じように卒業式の感動を味わうことができたと喜んでいた。同時に私の親としての務めも終わった。
長女は、大学に進学。経験を活かし、聞こえないことに負けず、人生を楽しんでいる。これまでを振り返って思うことは、私はたくさんの人に支えられてきたということ。世間からは幾度となく冷たい言葉、差別的な言葉を受けた。そのたびに諦めかけた私の心を救ってくれたのは、難聴者活動仲間をはじめ、要約筆記者の仲間、手話サークルの人たちだった。
後に続く聞こえない子どもたちにも、聞こえなくても大丈夫と言える優しい社会作りを目標として、私は今日も活動を続けていく。(2級・会社員・65歳・愛知県)







