「お金を使うこと」自体が
目的化しても幸せになれない
それは「何をすることが自分の幸せにつながるか(心から満足できるか)」を自分自身でしっかりと理解していることです。
資産を構築するのは大変ですが、減らすのは簡単。ムダな浪費をしてしまうと、あっという間に資産は減ってしまいます。
「死ぬときに貯金ゼロ」を追い求め、お金を使うことが目的化した結果、せっかく貯めた資産を満足度の低いもので散財すると、逆に心をすり減らします。幸せに直結するものにお金を使うべきなのは言うまでもありません。
また、幸せにつながるからといって、あまりにも高価なものに場当たり的な支出を続けていても、この先何十年と続く人生を乗り切っていけません。
しっかりと家計の分析と“見える化”を行い、1年間にどれくらいまでならお金を使っていいのかを逆算するからこそ、「死ぬときに資産を使い切る」という計画が立てられるのです。
ですが僕自身も、資産形成期は「節約することこそが正義、支出が低いことこそが正義」という価値観を持っていました。常に「資産〇千万円まで来た。もっとお金を貯めたい」とばかり考えていたのです。1円でも多く貯めることが正しいと信じて疑わない、いわば「貯金教」の熱心な信者でした。
なぜ、お金を貯めこむことが正しいと思いこんでしまったのでしょうか。
今思い返すと、過去の僕にとって貯金は「将来の不安から自分を守るための盾」でした。お金さえあれば人生から不安がなくなる。病気になっても食うに困らない。1円でも資産が多い方が心理的に安心だったのです。







