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ロレックスは誰もが憧れる高級時計だが、よく見ると「高すぎて手が出ない存在」にはなっていない。実は、「仕事を頑張れば手に入れられるかもしれない距離感」こそが、価値をいっそう高めるのだという。パテック・フィリップやヴァシュロン・コンスタンタンを差し置き、高級時計界の代名詞的存在となったロレックス。彼らが長年貫いてきた、独自の戦略に迫る。※本稿は、大阪大学大学院経済学研究科教授のピエール=イヴ・ドンゼ『ロレックスの経営史-「ものづくり」から「ゆめづくり」へ』(大阪大学出版会)の一部を抜粋・編集したものです。
モノづくり企業だった
創業当初のロレックス
ロレックスの歴史的発展から始めよう。この過程は4つの段階に分けることができる。
第一に、1905年の創業と1908年のロレックス・ブランドの立ち上げから1920年代初頭まで、ハンス・ウィルスドルフ(編集部注/ロレックス、チューダーの創業者)のビジネスは高精度腕時計の設計、製造、販売に重点を置いていた。
彼は、当時の主要メーカーがとっていた戦略に触発された。彼の目標は、最高の時計メーカーの1つとして認められることだった。ウィルスドルフは主に製品開発を外注した。ビエンヌのエグラー(編集部注/スイスのビエンヌにあった時計ムーブメント製造会社)がムーブメントを製造し、数多くの小さな工房がケーシングの部品を供給した。当時ロレックスのコミュニケーションは製品の品質と性能に集中していた。同社はスイスの卓越した工業技術を体現し、古典的なモノづくり戦略に従った。
第二に1926年に発売されたオイスターのデザインは、技術的にも審美的にも、ウィルスドルフが製品開発を内製化したという意味で画期的なものであった。







