東監督は言う。

「あの日、吉田は本当に悔しかったでしょうね」

 指揮官にとっても、後輩である西川にとっても忘れられない一戦となった。

センバツ出場は絶望的
一度はプロを諦めた

 当の本人は「あの日」をどう思っているのだろうか?質問を投げかけると、「あぁ、あの試合ですか……」と吉田は言った。記憶の糸を手繰り寄せるように「あの日」を振り返る。

「1年生夏、2年生春と甲子園に出て、このとき、ようやく自分たちの代の新チームとなりました。あの時点で有名だった釜田投手との対戦ということで、チームとしてはセンバツ出場がかかっていたし、自分としては将来が見えてくる時期でもあったし、気持ちは高ぶっていました。でも、チームも負けたし、個人的にも封じ込まれたし、“まったくいいところがなく終わってしまったな”という印象ですね」

 今でも悔しさをにじませながら、吉田は続ける。

「福井の冬は雪がすごいんです。だけど、センバツ出場が決まっていればモチベーションも高く、厳しい冬を乗り越えることができる。でも、この冬はセンバツもほぼ絶望的だったので、長く苦しい半年間を過ごした記憶があります」

 吉田は「高校2年の秋で一度プロはあきらめた」と言い、「こういう投手を打てないと高卒でプロには行けないんだ」と痛感した。改めて、その思いを尋ねると、ひと言、ひと言、噛みしめるように、吉田は言った。

「あのとき、一度はプロをあきらめましたね。泣いてはいないと思います。むしろ、絶望感というか、……いや、苛立ちですね。自分への苛立ち。ショックと絶望、そして苛立ち。そんな感情で、プロを意識するどころじゃなかった」

視察に来た青山学院大学野球部監督は
吉田の実力に目を丸くした

 悔しさと絶望、そして苛立ちを感じていた頃に転機が訪れる。吉田の噂を聞いた青山学院大学・河原井正雄監督が視察にやってきた。