「もう、野球辞めるわ…」悔し涙の吉田正尚が母に告げた夜写真:本間寛(『決断―カンボジア72時間―』より)

オリックス時代に首位打者2回、ベストナイン5回を記録し、2026年にはWBC日本代表に選出されたメジャーリーガーの吉田正尚選手。しかし、そんな吉田だが実は高校時代に一度、プロを諦めるほど絶望した経験がある。そこからどうやって這い上がることができたのか。吉田の野球人生のターニングポイントとなった“あの1カ月”について、本人に語ってもらった。※本稿は、メジャーリーガーの吉田正尚、ノンフィクションライターの長谷川晶一『決断―カンボジア72時間―』(主婦の友社)の一部を抜粋・編集したものです。

高2の秋の地区大会で
金沢高校に敗れる

「あの試合のことはよく覚えています。準々決勝で金沢高校と対戦しました。相手ピッチャーは釜田(佳直)くんでした。いいピッチャーだということはわかっていたので、事前に《釜田対策》をして臨みました。西川龍馬(編集部注/高1夏からレギュラー、2015年にプロ入り)は3安打を放ったんですけど、吉田正尚がブレーキになってしまって……」

 東哲平監督が語ったのは、2010年10月24日、富山・魚津桃山運動公園野球場で行われた秋季北信越大会準々決勝、金沢高校対敦賀気比高校の一戦である。

「釜田くんも、“吉田には打たれたくない”という思いがあったと思います。でも、うちは彼を攻略することに成功しました。とにかく速球がすごいから、大会前の練習では3メートルから4メートルほど前から投げて、速いボールに対する反応を鍛えました。体感スピードで150、160キロぐらいはあったんじゃないですかね。

 下馬評では《金沢有利》と言われていたけど、練習の成果もあって、釜田くんを攻略し、いいところまで追い詰めたんですよ」

 この試合で吉田は5打数0安打に終わった。四番を任されていた彼が打っていれば、勝敗は違っていたことだろう。