いつの間にか
頂上を通過していた

 陳腐だと思うが、長い人生は山登りにたとえるとわかりやすい。それも槍ヶ岳のような頂上の尖った鋭鋒ではなく、奥只見の名峰平ヶ岳のように、山頂がのっぺりとしていてどこが天辺かわからないような山を登るときに似ている。

 平ヶ岳の登山道は深いブナの森にかこまれ周りは見えない。20代、30代はその道をわき目もふらずひたすらぐんぐん登ってゆく。森の木々は深く、いったい自分が頂上までの何合目にいるのかよくわからないまま、もくもくと高みをめざす。

 やがて標高があがると鬱蒼とした森から低灌木帯へと植生がかわり、時折、まわりの山や尾根が見わたせるようになる。30代も終盤にはいると頂上が近くなって登りが緩やかになり、景観も開け、否応なしに自分の立ち位置を知らされるわけである。そして40代にはいると現在の立ち位置が周囲を取り巻く山々とほぼ同じ高さに達していることがわかり、どうやら頂上が間近であることがあきらかとなる。

 だが、如何せんそこは平ヶ岳だ。山頂はのっぺりしており、どこがそれなのかよくわからない。よくわからないまま、いったい頂上はどこだろう……と考えながら、ほとんど平坦になった登山道を進む。

 このとき、もしそこが平ヶ岳であれば標識によって山頂の位置はわかるのだが、残念ながら人生の頂上には山頂をしめす標識は存在しない。ゆえにどこが頂上なのかわからないまま通過することとなり、やがて道は下りにはいる。もちろん下りにはいっても人生という山は平ヶ岳状なので、地形がのっぺりしすぎて、いつ下りはじめたのかすらよくわからない。

『43歳頂点論』書影『43歳頂点論』(角幡唯介、新潮社)

 どうも下りはじめているっぽいけど、本当に下っているのか?と訝しみつつ、進んでゆくうちに視界に麓の景色が広がってくる。

 はっきり下っているとわかるのは、そのときだ。登っているときには決して見えなかった麓の景色、それが下りにはいった途端、目にはいるのである。

 20代、30代のころは将来のことなど考えたことはなかった。探検が終わると次の計画を思いつき、それを消化し、また次の探検が……と2年ぐらいのスパンで人生はぐるぐる回っていた。つまり上しか見ていなかった。

 ところが43歳を境に引退後の生活を考えている自分がいる。引退後の人生とは、山道を下りきったその先にある場所だ。つまり麓の景色を見ていることに気づいたことで、私は気づかぬうちに人生の頂上を通過していたことを知ったのだ。

 それが43歳が頂点だと感じる根拠のひとつである。