でも、ヴィトーはシチリアまで彼を殺しに行く。もしかしたら、返り討ちにあって、自分を含めて家族にも危害が及ぶかもしれない旅行に、赤ちゃんを含めて家族全員を当然のように連れて行く。事実、ドン・チッチオを刺殺した後は敵の子分たちとの銃撃戦になり、復讐の手伝いに同行した友人は大怪我をする。

 ヴィトーにはドン・チッチオを殺すことから得る利益がありません。彼を殺す義務があるということを知っている人間もアメリカには彼以外に誰もいない。でも、自分が殺されるかもしれない旅に家族全員を連れてゆく。

 旅立つ前にヴィトーは家族に向かって自分が復讐の旅にみんなを連れてゆくことについて同意を求めたりしなかったと思います。黙って連れて行った。何よりドン・チッチオを殺すために憎しみとか怒りといった感情を動員しない。ただ淡々と掟を守って、ナイフを腹に突き立てる。

 ヴィトーの行動は、自分の損得や自分の感情とは関係なく、掟を守るということだけです。この掟が現実的に機能しているのは、何があってもその掟を守ると誓った男がいて、その「債務保証」をしているからです。

感情や共感を優先して
組織を崩壊させたマイケル

内田:ヴィトーの行動準則は「シチリアの男はこう生きる」という出来合いの掟だけです。映画を観るとわかりますけれど、ヴィトーには感情がないんです。感情に動かされるということがない。困った隣人の手助けをしますが、それは「困った隣人は助けなければならない」という掟に従ってそうしているわけであって、共感や同情といった感情資源を動員しているわけではない。

 どんな事例に出会っても、ヴィトーはほとんど機械的に掟に従って判断し、行動する。感情を動員することもないし、大義名分を探すこともない。掟が命じる通りに生きるのだから少しも逡巡がない。

 ですから、ヴィトーはどんな場合でも「オレの気持ちをわかってくれ」と言いません。家族にも仲間にも同意や共感を求めない。この感情のない男が「シチリアの男の倫理」に忠実に従うことによって、ニューヨーク最大のファミリーを形成することになる。