『ゴッドファーザー』から僕が学んだのは、「集団を形成するのは掟であり、掟を機能させるのは、身体を張ってそれを守る個人である」ということです。

 校則とマフィアじゃ世界が違いすぎると思われるかもしれませんが、「無意味なルール」と思われるものでも、誰か1人の個人が命懸けでそのルールを守るなら、そのルールは命を持つということはあると思うんです。今、学校のさまざまな校則が機能していないのは、そのルールを守るために身体を張るという人がどこにもいないからだと思いますね。

養老孟司(以下、養老):僕が通った学校では、強制しているのは神父さんでしたからね。やっぱり生涯かけてやっているので、子どもでもそれはわかりましたよ。外国から来て、こんなガキどもの面倒をよく見ているよなって、感心していました。

内田:彼らは伝道のためにやってるわけですから、確信を持っているわけですよね。だから、「ミッションスクール」という「額縁」はすごくいいものだと僕は思うんです。ミッションスクールには様々な「謎ルール」があるわけですけれども、同時にそれらのルールには必然性があると確信して、身体を張ってそれを守る人がいる。

養老:栄光は中学・高校の6年制で、当時は非常に嫌だったんで、中3の時に転校させてくれって親に言ったんですね。母親もそうか、と言って学校に交渉に行ったんですけど丸め込まれて帰ってきた。でも、結局6年間通って、振り返ってもあまり傷になることはなかったですね。

内田:栄光学園の当時のルールも、どれも何か深い考えがあって制定されたんだと思うんです。自分にはさっぱり理解できないけれど、神父さんは身体を張っている以上、きっと何か意味があるのだろう、と。

言葉は現実を大雑把に
まとめてしまう

養老:まさにその通りですね。理由がわからないということで、学校に通っていた頃は反感を持ってたんだけど。でも、今になって内田さんが言われたように思うようになった。学生の頃はわかんなくていいんだなという。校則の場合、すぐに内容や意味に関心がいきがちですけど、意味がなくても、言葉を使える場面がいくつもあるんです。