盗みなんかは「明らかにやっちゃダメなこと」であるのと、物がなくなったことがそのまま「盗みが起きたことの証拠」になるので子どもにも保護者にもわかりやすいが、そのほかのトラブルは大人が把握しにくい。もしくは裁定に出ていきにくい領域にある。
親ができる子どものへの声かけ
いっそ全面禁止する?
損なトレードを押し切られた子は、それを恥ずかしいと思って親にかえってその件を隠すかもしれない。日頃微妙な力の上下関係がある友達との間で繰り返されるトレードのわずかな不均衡さは、親に見えにくいかもしれない。
そもそも親が介入すると大ごとになりすぎるかもしれない。子どもが行うトレードの全てを大人が緻密に、かつ厳密に監視してどうにかしようとするのは難しい。だから「いっそ交換を全面禁止する」というのは、子どもを守る観点からも賢い方策の一つである。
禁止しない場合はある程度放任し、子どもの自治に任せることになる。ひとつひとつのトレードを監督するのは難しいので、指針をある程度大人が整理してあらかじめ子どもに共有しておくのが現実的であろうか。
うまく機能すればトラブル防止にもつながるし、トレードの教育効果を高められる可能性もある。
トラブル防止策として有効な子どもへの声掛けは、まず「お互いが納得のいくトレードを目指すこと」で、ひいては「無理強いして交渉を成立させない」「気乗りしない条件は勇気を出してきちんと断る」となる。
これは相手の気持ちを汲む練習、譲歩を交えながら他者と合意を形成する練習、そして不本意な提案を断る練習にもなる(深掘りすれば「カドが立たない断り方」といった練習にも発展させられる)。
シール交換はシール1枚の単価があいまいなのでトレードとしてはカジュアルに寄るだろうが、トレーディングカードとなるとレア度などによって「○○円相当」と金額換算できるものも出てくるので、「1000円を超えるカードの交換は保護者の合意を得てから」といった取り決めも必要になってくるであろう。金銭価値をきちんと扱う練習、物事を丁寧に運ぶ練習になろうか。
こうしたトレードを通して大枠では、そのトレードを子ども自身に振り返らせることで自分を客観視して理解する、いわゆる「メタ認知」のトレーニングとしたり、損得だけに着目せず本人の納得感を自己確認させることで主体性を培うことができる。
このように、遊びの中での「交換」の良い所・悪い所はともにいくつも挙げることができるが、まずは子どもが健やかにそれを楽しむことができるのが何よりである。
シール帳もただのブームと侮るなかれ、子どもたちにとっては小さな社会の入り口ともいえよう。遊びの「交換」を通して相手の気持ちや物の価値を考え、ときには失敗もする。子どもなりに真剣な交渉は大人の世界に通じるものがあり、だからこそトラブルを避けるために禁止するという選択も理解できるし、交換を容認して子どもに任せる選択もまた有意義でありうる。
私の小さな社会の入り口はプチ泥棒とのせめぎ合いだったようだが、さて今シール帳を楽しむ子どもたちそれぞれにとってはどのような営みとなるか。大人としてうまく付き合っていきたいところである。







