がれきをどけ、応急の道をつくり、橋を架け、孤立した被災地まで「前に進む道」を生み出す。その瞬間、人々の希望もまた再び動き出すのです。

 私自身も工兵(陸上自衛隊では「施設科」)として、東日本大震災や国連平和維持活動(PKO=紛争地の復興や社会基盤の再建を支援する国際活動)の現場で活動してきました。

 津波で水没した町では、排水ポンプと土嚢で仮堤防を築き、水を引かせて道路を復活させました。その道を、人と物資が駆け抜け、復興が動き出しました。

 国連のミッションでも、工兵が整備した道がパトロール部隊や人道支援物資(食料・水・医薬品)を運ぶ命綱となり、地域に治安と交流をもたらしました。

 道は、平和を運ぶ血管のようなもの。それを生み出すのが工兵の使命です。

2年に1人しか派遣されない
米陸軍工兵学校への狭き門

 この工兵のプロフェッショナルを育てるのが、アメリカのミズーリ州フォート・レオナードウッドにある米陸軍工兵学校です。世界各国から選ばれた工兵の精鋭たちが集い、戦術、技術、リーダーシップを徹底的に鍛えられます。

 私が入校したエンジニア・キャプテン・キャリア・コース(Engineer Captain's Career Course)は、その中核に位置づけられる課程です。「平時、有事の区別なく、どんな状況でも部隊を導くことができる」ことを目的に、災害対応から戦時の戦闘支援まで、あらゆる局面で「道を切り拓くリーダーシップ」を養成します。

 日本からここに派遣されるには、まず陸上自衛隊の指揮幕僚課程(上級幹部の登竜門とされる難関コース)に合格し、さらに選抜される必要があります。その枠は「2年に1人」という狭き門。これまでの卒業生は、のちに統合幕僚長や師団長、学校長など、自衛隊の中核を担う要職に就いています。

 そんな狭き門を、私は高卒、最下級の二等陸士出身、そして女性という、どこから見ても異色の経歴でくぐり抜けました。

 現場経験は浅く、要領もよくない不器用なタイプ。