プレゼン力は
研究開発と同等に重要
企業組織にもそのようなワン・トゥ・ワンのマネジメントが間違いなく望ましいはずです。ところで、ご著書の中で、アメリカでプレゼンテーションの大切さを身に染みて感じられ、ご自身で意識的に学習され、それが、その後の人生でもたびたびご自身を助ける武器になったと述べられています。VW以外にもご自身のリーダーシップジャーニーの中で、重要視されていたり、役に立ったりしたものはありますか。
日本でも、大学院生が学会などで発表する前に、研究室の担当教授や他の先生の前で練習会を開いて、ここがわかりにくいなどと「ダメ出し」をされる、いわゆる予演会というものがありまして、私も大学院時代にやってもらったことがあります。ただし、それはあくまでも学生向けのものだと、当時は思っていました。
ところが、30年前、アメリカに留学して驚いたのは、所長や大御所のような教授でも重要な研究発表の前には予演会をやるんです。教授たちが一堂に会して、発表の仕方、わかりやすさについて白熱の議論を交わしているのを目の当たりにしました。私にとって大きなカルチャーショックでした。日本の場合、よい研究さえすればよい、その説明が仮に至らなかったとしても、わからないほうが悪いといった雰囲気がありますから。
どんなに実績のある研究者でも、学生と同じように真剣に、スライドの何枚目がわかりにくいとか、グラフのビジュアルがどうだとか、細かいことも含めて指摘され、侃々諤々の議論を通じて、発表の質を上げていく。それは素晴らしいもので、以来、私はプレゼンテーションの大切さを再認識し、10回シリーズぐらいのプレゼンの講座を受講したりしました。
当時の上司から言われたのは、研究者にとって実験や研究をすることはもちろん大切だが、それは全体の半分にすぎない。研究と同じくらい、人前で発表し(もちろん論文も書くのですが)、世に問うことが大事だ、研究と発表は同等の重みがあるということでした。これがVWの次に学んだことです。
最初の留学から3年くらいでいったん帰国し、10年経ってまたグラッドストーン研究所に戻り、また驚愕しました。というのも、たとえば日本の組織では、10年経っても研究者の顔触れはあまり変わらず、秘書や実験のサポートをしてくれるスタッフ──培養の手伝いをしてくれる技術者や、動物の管理をしてくれる人たちが様変わりしているというのが普通だったんです。
ところがアメリカでは、研究者はどんどん入れ替わっているけれど、研究支援をするスタッフの多くが変わっていない。みんなベテランとしてずっと残っている。これも大きなカルチャーショックでした。
やはり研究支援者がしっかり守られているからこそ、研究者もその支援を得てのびのび研究できる。アメリカでは、そういうシステムができ上がっている。それで、CiRAでも、そうした研究支援者に働きやすい環境を提供して雇用することをとても重要視しています。
実のところ、その雇用を守るために財団を設立したところがあります。CiRAの研究支援者の方々、約100人にそっくり財団に移ってもらい、財団で正規雇用したのです。ですから、私自身は、研究はもとより、組織運営やチームビルディングという点でも、アメリカから非常に重要なことを多く学んだと思って感謝しています。



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